【第177回】間室道子の本棚 『改良』遠野遥/河出文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『改良』
遠野遥/河出文庫
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二作目の『破局』で芥川賞を受賞し、最新作『教育』が話題の遠野遥さん。この作家独特の「ものすごくまっすぐな人の異様さを描く」は、このデビュー作から貫かれているんだな、とわかる。

主人公は、女装をして美しくなりたい二十歳の男子大学生の「私」。彼は物語中、山田と呼ばれたりミヤベ君と呼ばれたりしている。

前者は中学高校の同級生女子で現在テレフォンセンターのバイト仲間である「つくね」がつけたがつけたあだ名だ。本名ではなくあえて別な名字で人を呼ぶって変な感じ。結局「私」の本名も、つくねが姓なのかファーストネームなのか愛称なのかも書かれない。

後者は彼がデリヘルを利用する時の名前。ひいきにしている「カオリ」はだから主人公をミヤベ君と呼ぶ。でも「カオリも本当はカオリという名前ではないのだろう」と彼は思う。

小学生時代のスイミングスクールで一緒だった「バヤシコ」の話もでてくる。「ということはたぶん小林だったのだと思うが、子供はたまに奇想天外なことを考えるから定かではない」とある。さらにバイトの監督役「ジャムチ」。これもつくねが付けたあだ名なのだが「ジャムチは私たちの監督者を指していた」とあり、個人を呼んでいるのか、四か月ごとに変わるというその役職に就いた者をすべてそう呼んでいるのかがわからない。

かように本書は匿名性に満ちたお話なのだ。誰も特定されない、顔のない存在。

さて、一部の男の人って「奴は自分たちとは違う」とわかった瞬間から、「俺はこいつに何をしてもいいんだ」と、ナメた感じと歪んだ凶暴性を持ちがち。

というわけで「私」は物語中なんどかすごい目に遭うのだが、読み手がたじろぐのは男の暴力性以上に、どこか冷静な彼のほうなのある。

「美しくなりたい」。主人公はそれをたんたんと貫く。

多様性の時代、「女装するなんて変だ」とは思わない。でもそのベクトルではない異様さを、彼に感じる。

たとえば「美しくないつくねは楽」という彼の、ナメた感じ。デリヘル嬢カオリが年齢をごまかしていたことがわかり、女装した若い自分のほうがイケてるんじゃないかと思った時の優越感。

「人間の価値は、当然美しさだけでは決まらない。強さ、優しさ、健康、財産、地位、友達・・・」と数え上げながら、この後ある本音をもらす。女優二人が登場するテレビドラマを見ていて、「彼女たちが手にしているものは美しさだけではない」と考えるのだがすぐ別な思いが浮かんでくる。この傾向はエスカレートしていき、自分に不躾な視線を送ってきた人に「五十過ぎの美しくもない女が」と腹を立て、彼はある行動を・・・。

繰り返しになるが、本書は匿名性に満ちた、顔のない存在の物語。その中で主人公が強烈に「美しさ」を問題にし、囚われる。この異様な読み味に、シビれる。

男以外を認めない男たちと、「美」以外を認めない「私」の歪みは、じつは同じなのではないか。問題作!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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