【第182回】間室道子の本棚 『春のこわいもの』川上未映子/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『春のこわいもの』
川上未映子/新潮社
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すばらしくエレガントな表紙なのに、帯には「地獄」「悪夢」という言葉が。そのとおり、私はこんなに怖い本は読んだことがない、と震え上がった。

六つのお話の舞台はコロナ禍直前。でも登場人物たちのプライベートにはそれとは別の不安が押し寄せている。そしてどれも、怯えていたものがふっと消える、という終わり方をする。だからこそ、恐ろしい。だって何も解決してないんですよ!

圧巻は「娘について」。小説家よしえの元に、かつて親友で同居生活もしていたことがある見砂杏奈から電話が来る。十五年ぶりだ。ふつうに話せたが、「なぜ掛けてきたの?」という疑問と不安がぬぐえない。

コロナの話が何周かしたあと見砂が、母が元気かどうかを訊いて来た。そして「うちのお母さん、死んだよ」と付け加えた。

よしえは驚くが、二週間前のことで今回の感染症ではなくずっと病気だったという。そして長い沈黙のあと「知らなかったの?」という言葉が聞こえた。音信不通だった友達の親の今なんかわからないに決まってる。でも電話の向こうから「ほら、昔、よしえちゃん、わたしのお母さんと仲良かったでしょう」と笑いを含んだ声がした。

そのあと大人の傷にも赤ん坊のスキンケアにも飲料にも使えてウイルス予防にもなるというオイルの話を見砂がして、電話は終わった。ここから、よしえの記憶の地獄めぐりが始まるのである。

見砂の母、寧子。通称ネコさん。漢方と水だけを信じる独特な生活をしていた人。見砂家はいわゆる友達親子で、平日の放課後よく大きな駅にあるデパートの喫茶店で待ち合わせをしていた。バイトのない日はたまによしえも加わった。

高級品であることが一目でわかるものを身に着けていたネコさん。ショッピングや外食が趣味の母娘。ある日よしえがお茶に同席しながら、うちは母子家庭であること、放課後アルバイトを掛け持ちしていること、大学進学をあきらめていることなどを話すと、ネコさんは自分の娘にその場で、ある行為をした。

だが高校を卒業して数年後、作家を目指して上京していたよしえの元に見砂が同居人としてやってくる。あの喫茶店とは真逆の、ネコさんの娘への行為付きで。

さあこの後よしえが見砂母娘にしたこととは。そしてかつての友が今電話をかけてきた理由は?

着地なしでどこまでも落ちていく不穏さを、登場人物たち、そして読者も味わう。川上さんはここまで来たか!という圧倒的作品。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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