【第183回】間室道子の本棚 『堀江栞 声よりも近い位置』堀江栞/小学館

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『堀江栞 声よりも近い位置』
堀江栞/小学館
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毎年春、上野の森美術館で若い画家や写真家を世に出す「VOCA展」が開催されている。22年3月、会場に足を踏み入れて「いた」と思った。2021年3月の世田谷美術館、同年4月から5月の新宿南町の画廊space√Kでもそうだった。私にとって、堀江栞さんの作品は、「ある」ではなく「いる」なのである。なにかもの言いたげに、絵がこちらを向いているのだ。

描かれているのが人物だからではない。たとえば私はムンクの『叫び』を見ても「あら、この人はなんでこんなことに」とは思わない。胸騒ぎや恐怖をダイレクトに受け取っても、彼(もしくは彼女)はどういう人なんだろう、とは考えないのだ。『モナリザ』もそうで、この人はどんな過去を持ちなにゆえにダ・ヴィンチのモデルに、とはならない。「女性の肖像画だ」とすら思わなくて、ひたすら画布に留められた不思議な笑みにクギヅケ。

閑話休題、本書に登場する少年少女、そしてそれより少し年上の人たちは同じ服を着せられ(「強制」、「隔離」というイメージ)、同じ髪型をしている。なにかの団体、あるいは施設に収容された子供のようだ。彼らはどこで生まれ、なぜここにいるのだろう。

はっきり中年だとわかる男女や老人が描かれていないのも気になる。みんなのお父さんお母さんはどうしたのだろう。近所の人や学校の先生など、彼らを気にかけ、守ってくれる存在はどこにいったのか。

とりわけ印象深いのは、薄暗いところに若者が立ちすくんでいる「後ろ手の未来/Partial Future 2019」という絵だ。目の下に隈をつくった元気のない十九人。そして上から二列目の左に、肩だけが描かれた二十人目がいる!

だから私には果てしないように見えるのだ。生気を失った青少年が、ずーっと横に並んでいる。「歴史」という言葉が思い浮かぶ。生よりも死に近い若い命。この列は今のウクライナにつながっているんだろうか。

このほかどの絵の人々も、一様に口を閉じている。でも瞳が、語るべき物語をたたえている。
うつろな目をしていてもそこには奪われたものとの日々があり、静かな青い目の中には愛の記憶がある。「肩だけの人」も、読み取るべきお話を秘めている。

描かれた人、描かれなかった人、双方の鼓動が聞こえてくる。そんな味わい。
なお堀江栞さんは「VOCA展2022」で、VOCA佳作賞を受賞した。

★代官山 蔦屋書店では4/10(日)夜7時より 堀江栞さんのリモートトークショーを開催いたします。
ゲストは「NHK日曜日美術館」の司会でおなじみ、小野正嗣さんです。視聴は1100円、お申込みは下記からどうぞ!
https://store.tsite.jp/daikanyama/event/humanities/25484-1124460318.html
(受付締め切り: 2022年4月10日(日) 19:00まで)
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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