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【第187回】間室道子の本棚 『すべての月、すべての年』ルシア・ベルリン 岸本佐知子訳/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『すべての月、すべての年』
ルシア・ベルリン 岸本佐知子訳/講談社
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先週この欄で書いたように、まず全四十三編の『A Manual for Cleaning Women』から二十四編が『掃除婦のための手引書』に掲載され、あとの十九編が本書に収められた。これで原書のすべてが日本の読者にお目見え。

通常この手のケースでは、残りの十九は第一弾から漏れたのがなんとなくわかる=つまり「どこか少し落ちる作品集」になりがち。

しかし、岸本佐知子さんが訳者あとがきで書いているように、ルシア・ベルリンは音楽のアルバムで言えば捨て曲なし。「残り」「漏れた」が持つネガティブな要素はございません!

「どれも素晴らしい、捨てるものはひとつもない」といっても最初があり、次があった。で、一冊目、二冊目で「わけた基準」「テーマ」のようなものを想像してみた。私の考えでは、『掃除婦のための手引き書』の孤独は個人戦、『すべての月、すべての年』は団体戦。

前者に大勢が出てくる作品があったり、後者に登場人物が二人きりがあったりもするんだけど、とにかく本書では、緊急救命室の騒乱とか、学校に一人の不良が戻ってきたために全員がおかしくなる話とか、貧困層や不法入国者でごったがえす診療所とか、大騒ぎが目立つ。でもこんなに騒がしいのに、みんないるのに、主人公はひりひりした寂しさを皮膚で感じている。

いきなりの狂乱マックス。それが一話目の「虎に嚙まれて」だ。恐怖の親戚軍団、エルパソに大集合してクリスマス。『掃除婦のための手引き書』収録の「セックス・アピール」に出てくる西テキサス一の美人、従姉のベラ・リンや伯父さんたちが登場する。

冒頭二ページ目に「彼女のからからと大きな笑い声は深くかげりを帯びて、どんな楽しさの奥にもひそむ悲しみのありかをほのめかしつつ茶化していた」という文章があって、これがルシア・ベルリンの書くものと人生の本質のような気がした。

話は逸れるが、大昔はテレビで、宇宙人とか超能力とか怪奇現象とかの特番をよくやっていて、そのひとつに「いろんなところの奥地にいる方々の独特の風習を興味本位で放送する」というのがあった。今はコンプラ的にだめだ!

それで、ほんものなのかやらせなのかはわからないが、ある集団の割礼の儀式で、泣き叫ぶ少年を大人たちが押さえつけて、儀式の主がナイフをふりかざしてちょんぎるシーンが映った。本当にだめだ!

で、男の子の絶叫のコンマ一秒前に彼の口に突っ込まれる白い粉。それは大量の砂糖。

重々しいナレーションによれば、この集団では甘いものはものすごく貴重でめったに口に入らない。それががばっと。男の子は目を白黒させ、涙とよだれと砂糖まみれで大人に抱えられどこかへ消えた。

この「痛い!」を「甘い!」でごまかす手法に、子供だった私はシビれた。今でも考えるのだが、もしこれが有効なら、「失恋したあと予約の取れないお店でお食事一か月」(=「傷心」を「美味い!」で解消)、「バンジージャンプの谷底にひしめくハリウッド俳優」(=「怖い!」を「いい男!いい女!」でうやむやに)など、できるのだろうか??

閑話休題、「虎に嚙まれて」は「痛い!」を「現金」で解決しようとするお話で(?)、ベルリンの作品って、「そこじゃないのに!」に頓珍漢なエネルギーをつぎ込む人たちがけっこう出て来る。酒や薬もそう。依存者の方々はてやんでえ、しゃらくせえ、と言うかもしれないけど、胸の奥底の氷のような孤独はアルコールやヘロインでは解消しない。

で、ベルリン作品の場合、これをユーモアにするのがすごい。絶望を書こうと思えばいくらでも書けるのに、笑える方向でいく。あるいは悲惨に書けば書くほどユーモラスになる。

「ミヒート」のように、メキシコの少女がアメリカにわたって自身がまだまだ子供なのに赤ん坊を産んで辛酸をなめつくす話もある。でもここにも、「おしっことスプリンクラーの話」がはさまれる。また、ラストの少女の一言が、読者が可哀想なお話ねえと思って終わらせることを許さない。むき出しの生があり、死がある。そのエネルギーのただならなさにひたすら巻き込まれ、息をのむ。

波瀾万丈、唯一無二の、ルシア・ベルリンの世界へふたたびようこそ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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