【第194回】間室道子の本棚 『現代生活独習ノート』津村記久子/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『現代生活独習ノート』
津村記久子/講談社
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「リフレッシュ休暇をもらったが、もはや私にはリフレッシュする気力自体が残っていなかったのだった」――冒頭収録の「レコーダー定置網漁」の書き出しに、あるある!とうなずく人は多いはず。

現代社会に生きるわれわれには、「疲れたから休む」では解消されないことがある。あれは何なんだろう、と言葉にできずにいたのだが、五話目の「粗食インスタグラム」にヒントがあった。SNSで他人のきれいな朝ごはんの画像を見ているうち「脳が嫌がって身を縮めるような感覚」におそわれた主人公の女性は、きっと悲惨なことになるだろう、と予感しつつ、自分の晩ごはんをUPしてみようと思いつく。一夜目が"クラッカーと水"。おお、現代人のあの状態および本書全体を象徴しているようではないか。まるで、遭難。

八つのお話の登場人物たちは存在の危機に陥っているのだ。もちろんいるのは勤め先や学校や自宅だ。でも山で一歩も動けない人、大海原で方向を見失ってる人に「リフレッシュしたら直る」が通じないように、彼女たちは「休養」「気分を変えて」では回復しない状況にある。

これを素っ頓狂な方向から助け出すのが、著者・津村記久子さんの真骨頂。

わたしの考えでは、「救った人と救われた人」になってしまうのを津村作品はきらう。縦横無尽で自由な関係に線が引かれるのをよしとしないのだ。

「レコーダー定置網漁」の女性主人公の心をとらえたのは、マイナーテレビ局の不思議な番組。「先月離婚が成立した」ととつぜん報告するお料理番組の先生、釧路の旅ロケで何もリポートせず、ひたすら車窓の雪景色を見つめる若いアナウンサーなど、風変りで、でもどこかすこやかな面々に主人公は親しみを感じ、自分を取り戻していく。

「粗食インスタグラム」の彼女に渡されるのは、心配した誰かからの手の込んだお夜食などではない。なんというか、「みんなからの寄せ集め」だ。「会社の宴会で多くの人が手をつけなかったもの、お茶碗四杯ぶん」にはじまり、別な日のお昼には、三方向から三つのものが差し出される。まったくの偶然。すんごい粗品。そしていさぎよいほど心がこもっていない。(こもっているものを挙げるとすれば、くれた側の「連休中に炭水化物を摂り過ぎた後悔」や「あそこのコンビニは陳列がまぎらわしいというウラミ節」だ!)。でもその人は、彼女を少し気にかけている。この距離感が、主人公に「立ち直れそうな予感」をもたらす。

爽やかでユーモア溢れる短編集。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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