【第195回】『両手にトカレフ』ブレイディみかこ ポプラ社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『両手にトカレフ』
ブレイディみかこ/ポプラ社
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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がベストセラーとなったブレイディみかこさんの初の小説。
イギリス南東部に住む中学生のミアは母と弟との3人暮らし。母親が問題を抱えており、姉弟は食べ物にも困る日々だ。ある日暖を取るために過ごしている図書館で、彼女は偶然扉が開いていたエレベータに乗ってみる。ミアの人生において「自分に向かって開かれたドア」は珍しかったのだ。
それがめぐり合わせとなり、彼女はカネコフミコという日本人の自伝を手にする。フミコもまた、「別の世界への扉」を夢見る女性だった。
生活保護のお金を薬物に遣ってしまうミアの母。まだ幼く、いじめられっ子である弟、貧しい人のためのボランティアをしており一家を気にかけてくれるゾーイ、ミアの詩をラップに乗せたいと願う音楽好きの同級生ウィルなどさまざまな人物が登場。これにフミコの自伝が差しはさまれ、物語は進行する。
ふつうの作家なら、さあおおごとですよ、と熱を込めて書きそうなシーンがさらりとしている。あまりにフラットなので、そんなこと出てきたっけ?と思う人も多いかもしれない。
たとえばミアの母親は、「ドラッグをやったらお腹が空かないのよ」と言って、7つか8つだった頃のミアに白い粉を吸わせようとしたことがある。
これ以上は書かれていない。だからあとは私の考えだが、全部自分で使いたい欲が勝ったのか、わが子にそんなことをしてはいけないという最後の理性が保てたのか、いずれにしろミアはクリーンなまま成長した。でも、親に薬物中毒にされてしまった幼い子どもたちがたくさんいるんだろうと思う。
夜に自分の団地にやってきた複数の車をキッチンから見やり、ミアが子どもの頃を思い出すシーンもある。あのライトが好きだった。団地の壁に金色の光が当たりぐるぐる回るのが、夜の移動遊園地みたいでうれしかったのだ。でも14歳の今はパトカーや救急車がかけつけてくる意味がわかっている。この時間だったら、DVかオーバードーズ。
ハッとさせられるのは、このあとミアがなにごともなかったようにフミコの自伝を読みだすことだ。彼女にとって、外の眺めはありきたり。何があった、このあとどうするんだ、とはらはらするのは本のほうなのだ。
さらに「団地からいなくなる女の子」について考えるシーンもある。皆ロンドンを目指すのだ。見つかり、連れ戻される子もいる。でもたいていの子たちは帰ってこない。きっと行けば何とかなるのだ、とミアは思っている。
読んでいて、叫びたくなった。たぶん少女たちはロンドンからも消えているよ、どこにいるのかもう追うことができない闇のなかにいる可能性のほうが高いんだよ、と。
ブレイディさんはこんな場面をこともなげに書いていく。本書は油絵具で肉厚に盛られた「問題提起」なんかじゃない。頭の黒い、先のとがった鉛筆で活写された「日常」。だからよけいにシリアスだ。
何不自由ない中流家庭に育ちラップの楽曲づくりをしているウィルが、自分の仲間が「思いついて」持ってくる、「最高にワルくてドープ」なリリックに比べ、ミアの言葉はなんと本物(リアル)なんだろう、と衝撃を受けるシーンが好きだ。おそらく読者全員が、同じテイストを本書に感じると思う。
生の声(ヴォイス)で書かれた作品。
イギリス南東部に住む中学生のミアは母と弟との3人暮らし。母親が問題を抱えており、姉弟は食べ物にも困る日々だ。ある日暖を取るために過ごしている図書館で、彼女は偶然扉が開いていたエレベータに乗ってみる。ミアの人生において「自分に向かって開かれたドア」は珍しかったのだ。
それがめぐり合わせとなり、彼女はカネコフミコという日本人の自伝を手にする。フミコもまた、「別の世界への扉」を夢見る女性だった。
生活保護のお金を薬物に遣ってしまうミアの母。まだ幼く、いじめられっ子である弟、貧しい人のためのボランティアをしており一家を気にかけてくれるゾーイ、ミアの詩をラップに乗せたいと願う音楽好きの同級生ウィルなどさまざまな人物が登場。これにフミコの自伝が差しはさまれ、物語は進行する。
ふつうの作家なら、さあおおごとですよ、と熱を込めて書きそうなシーンがさらりとしている。あまりにフラットなので、そんなこと出てきたっけ?と思う人も多いかもしれない。
たとえばミアの母親は、「ドラッグをやったらお腹が空かないのよ」と言って、7つか8つだった頃のミアに白い粉を吸わせようとしたことがある。
これ以上は書かれていない。だからあとは私の考えだが、全部自分で使いたい欲が勝ったのか、わが子にそんなことをしてはいけないという最後の理性が保てたのか、いずれにしろミアはクリーンなまま成長した。でも、親に薬物中毒にされてしまった幼い子どもたちがたくさんいるんだろうと思う。
夜に自分の団地にやってきた複数の車をキッチンから見やり、ミアが子どもの頃を思い出すシーンもある。あのライトが好きだった。団地の壁に金色の光が当たりぐるぐる回るのが、夜の移動遊園地みたいでうれしかったのだ。でも14歳の今はパトカーや救急車がかけつけてくる意味がわかっている。この時間だったら、DVかオーバードーズ。
ハッとさせられるのは、このあとミアがなにごともなかったようにフミコの自伝を読みだすことだ。彼女にとって、外の眺めはありきたり。何があった、このあとどうするんだ、とはらはらするのは本のほうなのだ。
さらに「団地からいなくなる女の子」について考えるシーンもある。皆ロンドンを目指すのだ。見つかり、連れ戻される子もいる。でもたいていの子たちは帰ってこない。きっと行けば何とかなるのだ、とミアは思っている。
読んでいて、叫びたくなった。たぶん少女たちはロンドンからも消えているよ、どこにいるのかもう追うことができない闇のなかにいる可能性のほうが高いんだよ、と。
ブレイディさんはこんな場面をこともなげに書いていく。本書は油絵具で肉厚に盛られた「問題提起」なんかじゃない。頭の黒い、先のとがった鉛筆で活写された「日常」。だからよけいにシリアスだ。
何不自由ない中流家庭に育ちラップの楽曲づくりをしているウィルが、自分の仲間が「思いついて」持ってくる、「最高にワルくてドープ」なリリックに比べ、ミアの言葉はなんと本物(リアル)なんだろう、と衝撃を受けるシーンが好きだ。おそらく読者全員が、同じテイストを本書に感じると思う。
生の声(ヴォイス)で書かれた作品。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。