【第197回】間室道子の本棚『沈みかけの船より、愛をこめて 幻夢コレクション』乙一 中田永一 山白朝子(著) 安達寛高(作品解説)/朝日新聞出版
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『沈みかけの船より、愛をこめて 幻夢コレクション』
乙一 中田永一 山白朝子(著) 安達寛高(作品解説)/朝日新聞出版
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乙一、中田永一、山白朝子、安達寛高。この四人の関係性を知っていてもいいし、知らないで読んでもいい、とても面白いアンソロジー。
最初の三名が作品を提供し、安達氏がそれぞれの冒頭に、「ボツになる可能性もあった」「お気に入りの1本」「Amazonに転職した知り合いの編集者からお願いされ、書かれた」「題名は、上京してきたときによく聴いていたアルバムの思い出からつけられたらしい」など解説をつけている。「あ~ら、書いた本人しかわからないであろうこんな事細かで素朴なエピソードをどうやって知ったのかしらあ?」とキングダム王騎のような笑みを浮かべたくなるのであった。ほほ。
表題作は、離婚が決まったお父さんとお母さんのどちらについていくか、幼い弟の将来を考えながら姉が両親の現状および将来性を品評するお話。これのみならず、収録作すべてで、登場人物は”沈みかけの船”に乗っているようだ。
「五分間の永遠」の主人公はクラスの嫌われ者からお金をもらって彼の友達のふりをする。「無人島と一冊の本」は文字通りの状況で遭難してしまった男の話。船はとっくに沈没済みだ!「パン、買ってこい」には題から容易に想像できるように、不良から目をつけられた小柄で気弱な少年が登場。「電話が逃げていく」もタイトルどおりで、なぜかスマホがツルッツルすべって通話ができない女の人の話。このほか奇跡ありSF仕立てあり“デッド”あり、盛りだくさんである。おススメは、山白朝子さんのホラー「背景の人」。
語り手の二十代の女性はエキストラとして山の中の撮影に参加する。有名人の出ない、低予算の深夜ドラマだ。
主演のSさんが妄想癖のある家出少女を演じ、山歩きには向かないひらひらの白い夏服で林道をさまよう。だが撮影が進むにつれ、おかしなことが起こり始める。「邪魔だ!どけ!」「うるさい!」「やったのはあんたちなんでしょう!」――トラブルが起き、撮影担当や音声さん、Sさんのマネージャーが次々怒りの声をあげる。そこには誰もいなかったのに。
「エキストラという仕事をしていると、背景の一部であることを望まれます。だれの注意もひかず、背景にうまく溶け込み、存在感を消すようにふるまわなくてはいけません。私たちは作品世界で生きている登場人物などではなく、背景の美術セットの一部なのでしょう」 語り手女性のこの思いは、山にいた「その他大勢」と、とてもよく似ているのだ・・・。
どの収録作も、最後に誰かに向かって気持ちが放たれるのが読みどころ。それが友だちであれ、家族であれ、異形の者であれ、死者であれ、主人公たちは沈みかけの場から、心をまっすぐに飛ばす。
スティーヴン・キングの作品が、どんなに歪んだものでありながらも核として「LOVE」を描いているように、乙一さんたちもさまざまなかたちで、愛の作家だと思う。
最初の三名が作品を提供し、安達氏がそれぞれの冒頭に、「ボツになる可能性もあった」「お気に入りの1本」「Amazonに転職した知り合いの編集者からお願いされ、書かれた」「題名は、上京してきたときによく聴いていたアルバムの思い出からつけられたらしい」など解説をつけている。「あ~ら、書いた本人しかわからないであろうこんな事細かで素朴なエピソードをどうやって知ったのかしらあ?」とキングダム王騎のような笑みを浮かべたくなるのであった。ほほ。
表題作は、離婚が決まったお父さんとお母さんのどちらについていくか、幼い弟の将来を考えながら姉が両親の現状および将来性を品評するお話。これのみならず、収録作すべてで、登場人物は”沈みかけの船”に乗っているようだ。
「五分間の永遠」の主人公はクラスの嫌われ者からお金をもらって彼の友達のふりをする。「無人島と一冊の本」は文字通りの状況で遭難してしまった男の話。船はとっくに沈没済みだ!「パン、買ってこい」には題から容易に想像できるように、不良から目をつけられた小柄で気弱な少年が登場。「電話が逃げていく」もタイトルどおりで、なぜかスマホがツルッツルすべって通話ができない女の人の話。このほか奇跡ありSF仕立てあり“デッド”あり、盛りだくさんである。おススメは、山白朝子さんのホラー「背景の人」。
語り手の二十代の女性はエキストラとして山の中の撮影に参加する。有名人の出ない、低予算の深夜ドラマだ。
主演のSさんが妄想癖のある家出少女を演じ、山歩きには向かないひらひらの白い夏服で林道をさまよう。だが撮影が進むにつれ、おかしなことが起こり始める。「邪魔だ!どけ!」「うるさい!」「やったのはあんたちなんでしょう!」――トラブルが起き、撮影担当や音声さん、Sさんのマネージャーが次々怒りの声をあげる。そこには誰もいなかったのに。
「エキストラという仕事をしていると、背景の一部であることを望まれます。だれの注意もひかず、背景にうまく溶け込み、存在感を消すようにふるまわなくてはいけません。私たちは作品世界で生きている登場人物などではなく、背景の美術セットの一部なのでしょう」 語り手女性のこの思いは、山にいた「その他大勢」と、とてもよく似ているのだ・・・。
どの収録作も、最後に誰かに向かって気持ちが放たれるのが読みどころ。それが友だちであれ、家族であれ、異形の者であれ、死者であれ、主人公たちは沈みかけの場から、心をまっすぐに飛ばす。
スティーヴン・キングの作品が、どんなに歪んだものでありながらも核として「LOVE」を描いているように、乙一さんたちもさまざまなかたちで、愛の作家だと思う。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、電子雑誌「旅色 TABIIRO」、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。