【第203回】間室道子の本棚 『オリーブの実るころ』中島京子/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『オリーブの実るころ』
中島京子/講談社
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本書を読むと、「人生を支えるのは真実ではなく不実なのだなあ」と思う。

「不倫が家庭生活を支えるスパイスに!」などということではない。たとえば冒頭の「家猫」では、ある夫婦の十数年前の離婚と現在が「夫の母」「夫」「妻」「夫のマンションに今いるもの」の視点で描かれるのだが、誰も嘘を言っていないのに見えてるものがまったく違う。

母親が「一度失敗したからといって、四十過ぎたのに結婚しない息子」を、夫が「かつての妻の成功」を、妻が「過去、苦しみ続けた自分」を、マンションにいるものが「この先」を思う時――正面から見据えたら何かが壊れる、という恐れから、彼らは無意識に「補正」している。生きてる自分に目くらまし。

おすすめは「ガリップ」で、舞台は田畑の広がる長野県。同じ部品メーカーで働いていた水田と結婚し専業主婦となった主人公の「わたし」は、彼によくなついている白鳥がいることを知る。彼女の名はガリップ。かつて怪我をしているところを水田に助けられ、そのまま仲間たちとシベリアあたりに帰ることなく納屋に居ついたのである。

朝、水田はまず白鳥に水とパンを食べさせ、家に戻って夫婦の朝食のあと、出勤していく。昼間のガリップは季節によって諏訪湖に行ったり裏の田んぼで過ごしたりしている。そして夫の帰宅を見計らったように戻ってきて、片方は騒がしく鳴きたて、片方はそれが言葉であるかのようにやさしく相槌を打ち、仲睦まじく彼らは家までの道を歩くのだ。

休日、畑仕事をする水田のそばにはいつもガリップがいた。何度か「わたし」も一緒にいたが、邪魔をしているような気持ちになってやめてしまった。一方夫婦だけで出かけようとすると・・・。

やがて白鳥に異変が起きる。メスの本能だが、今のガリップには不自然で、へたをすると命を縮めかねないこと。人間二人はそれをやめさせた。そのあと「わたし」が彼女と同じ状態になる。夫婦の自然な結実。水田はたいそうよろこんでくれた。だが――。

悲劇は一度だけではなかった。二度目、三度目にガリップは寄り添い、女同士は近しくなった。そして物語のラストで、数十年前の夫のセリフを「わたし」は思い出している。もしかして、ほんの少しの、だが心ざわめく言葉の入れ替えをして、彼は同じことをガリップにも言ったのではないか、と。

ほかにも川端康成が一瞬、強烈に出てくるお話あり、終活をすると言って行方不明になったお父さんの意外な行先あり。誠実ではないかもしれないけど、それを引っこ抜いたら今の自分が成り立たないほど心に深く根ざした記憶、愛。六つの「不実」の豊かさにシビれよう。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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