【第204回】間室道子の本棚 『あさとほ』新名智/KADOKAWA

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『あさとほ』
新名智/KADOKAWA
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第165回で紹介した横溝正史ミステリー&ホラー大賞受賞の『虚魚』でデビューした新名智さんの二作目で書き下ろし。前作の主人公は「実際に人が死んでしまう怪談」を集めている女性だったが、今回登場するのは「読んだ人が消える話」。

長野の小さな町に住む大橋夏日と青葉は双子の姉妹で、妹は「お話」を追い求め、姉はそれをつくりあげることができるタイプだった。母親にラスト直前で消された子供番組もなんのその。泣きだす青葉に夏日は主人公の最後の台詞と結末を語ってやる。そして、なぜわかるの、と驚く妹に、得意げに言うのだ。「だって、そういうお話なんだもの」。

正解かどうかはわからない。でもよくできたストーリーとは受け取る側があらかじめ望んでいたものの一つのはず。夏日が話し、青葉が納得した。その時物語は美しく終わったのだ。これが彼女たちの在り方となる。

小学二年生の時、一つ年下の明人が転校してきて青葉は彼に夢中になる。運命で結ばれているなら、きっと何かが起こる。わたしたちは特別なふたりになる、と。

それは本やテレビの中だけで現実ではない、と夏日は言い聞かせるが、青葉は「だったらね、お話にしちゃえばいいんだよ」とうっすら笑う。

そして小学四年生の時、「特別なこと」が起きる。でも明人と青葉にできた「つながり」とは世間体や罪悪感のなせるわざ。これは運命の恋なんかじゃない、と夏日は思うが妹には言わない。あまりに残酷だからだ。

以来、彼女は青葉の考える明人とのプランにつきあう。「続きはどうなるかな?」と聞かれた時は展開を話してやる。やがて年下の彼は心をひらき、呼びかけが「大橋さん」から「青葉さん」、「青葉」になった。あわせて、「夏日」に。

しかし夏休み、姉妹と明人で行った山の小屋の中で、青葉は姿を消した。怖いのは、さんざん探し、でも見つからず、家に戻って一大事を告げた夏日への、母親の台詞だ。

ここまでで22ページ。以降は成長し、東京で大学生活をおくる夏日が「わたしの周りでは、よく人がいなくなるらしい」と思うシーンが錨となる。

彼女の卒論担当の先生、その前にこの大学の文学部から消えたという非常勤講師。ページが少し進むと、親友の亜理紗が学校に来なくなる。彼らは「あさとほ」という古典について論文や掲載誌を調べていたことがわかり、さらにこの書の周辺で・・・。

「あさとほ」は、呪いの文学なのか?

ここで突っ込みたくなる人もいるだろう。雑誌に載ったなら、部数の少ない学術誌であっても二百や三百は出回っただろうし、編集段階で何人かが読んだはず。全国の国文学者および雑誌のみなさんが次々失踪してたらいくらなんでも事件になるでしょー!と。でもさすが、前作『虚魚』で多くの先輩作家、読者をうならせた新名さん、このへんは先手を打ち、さらなる謎に読み手をいざなっていく。

そう、ホラーミステリーの場合、何を怪異とし、何を「実際は人間のしわざでした」とするか作品の肝となる。また「ホラー」として超常現象を出す場合、「最恐。人間になすすべなし」では一方的すぎて面白くない。なにかに力があるなら、どういうときに発動し、どの段階ならセーフかが、「ミステリー」の仕掛けどころとなる。

これは「誰」にとって好都合な話なのか――。夏日たちは、私たち読者は、実は何を追わされていたのかが、あらわになる瞬間がすごい。「主人公に共感しました」だの「唯一無二の作品です」だの、今までわれわれが小説に使ってきた言葉が木っ端みじんにされる。

物語を、根こそぎ疑うべし!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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