【第207回】間室道子の本棚 『掌に眠る舞台』小川洋子/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『掌に眠る舞台』
小川洋子/集英社
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「舞台」をテーマにした短編集。

バレエ『ラ・シルフィード』に心奪われた少女は金属加工工場の外で空の工具箱をひっくり返し、その上で、バネやビスやクッションゴム、六角棒スパナ、ラジオペンチを躍らせる。昔女優だった伯母さんが、家の食器に書きまくっている台詞のお話もある。屋敷に作った舞台の上に若い女性を住まわせ、時々客席から彼女を見る老人も登場するし、出演者にサインをもらうことを生きがいにする女もいる。『レ・ミゼラブル』全七十九公演のS席チケットを買った老婦人が帝国劇場で遭遇した謎の人物の物語もある。

一編一編が素晴らしいうえに、本書では、この世にお芝居というものがある喜びと奇跡も描かれている。たとえば、バレエが終了したあとの町。「文化会館が何も変わらず、かつて妖精を匿っていたことなど忘れてしまったかのように、淡々として目の前にあるのが、なぜか奇妙に感じられた。工具箱がただの工具箱であるのと同じく、文化会館もただの建物だった」 

この、文化会館は文化会館だ、という当たり前を「不思議」と思ってしまう気持ち――演劇、演舞を見たことのある人なら、「わかる!」となるだろう。

また、観客たちについて。「彼らの雰囲気は、明らかに他の人々とは違っていた。たった今、劇場から出てきた人か、そうでない人か、簡単に見分けがついた。彼らは一様に高揚し、足取りは軽やかで、目に力強さがあった。(中略)薄汚れた地上から数ミリ浮き上がったところを歩いているような」

これも、「そう、たしかに私はあの日、ホールの出口から駅まで空中をふわふわしてた」と思う人は多いはず。

さらに、楽屋口から出て来たスター。「あたりにはぼんやりした街灯しか点っていないにもかかわらず、すべての光をたった一人、全身で受け止めているかのようだった」

光が当たるというより、自らが発光体であるような人もいますよね、と本書に話しかけたくなった。

そしてさらなる読みどころは、緞帳、音響、照明や機材、楽屋、ロビーなど維持に大勢の手がかかる劇場。出演者、大道具さん小道具さん含めて多くの人間がかかわる上演。それを描いていながら、主人公たちは必ず「舞台と一対一」になる。あの派手さ、ざわめき、熱狂が幻だったかのように、心をしんとさせ、己を突き動かしたものと向き合い、彼らはやがて知るのだ、自分たちの孤独を。

「読書」を超えて、観劇のライブ感に近い胸の高鳴りがある八編。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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