【第213回】間室道子の本棚 『君のクイズ』小川哲/朝日新聞出版

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『君のクイズ』
小川哲/朝日新聞出版
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よくもまあ、こんなことを考えついたものだ。序盤でもう、とてつもない本だという予感がしまくり。

「Q-1グランプリ」――賞金1千万円がかかったクイズの生放送。「僕」三島玲央と対戦相手である東大の男子大学生・本庄絆の決勝戦から物語は始まる。

「僕」は中学生の時からクイズ研で切磋琢磨し、愛好家たちが主催する大会に出て力をつけるうち番組に呼ばれるようになった。テレビ界がつけたあおり文句は、「アマチュアクイズ界の王様」。

一方本庄のキャッチフレーズは「世界を頭の中に保存した男」。どこの同好会・研究会にも属したことがなく、『知能超人』という番組の暗記力コーナー出身の彼は、マニアたちから「あれはクイズプレイヤーではない」と見られてきた。

なぜならクイズとは、クイズに正解する能力を競うものだからだ。

私の考えでは、ボールを蹴りながら速く走れるだけではサッカー選手と言えないのと同じなのだろう。ルール、法則、作法を把握し、なによりゲームのセンスがなければ。

そう、本庄は、へんな早押しをしたり、ふつうはひっかからない問題に頭でっかちな知識で誤答をすることがあった。しかしオープニングや回答後のコメントに長けており、クイズというより「クイズ番組」の寵児で人気は抜群だ。

その本庄が、接戦の続く決勝で信じがたいことをした。ヤラセでなければ魔法を使ったとしか言いようのない事態。

ここまでで、11ページ。冒頭にも書いたが、作者の小川哲さんはなんて異様な話を考えたのだろう!

スタジオの全員が驚く中、生放送は終了し、その後テレビ局からわけのわからないコメントが出された。納得がいかない「僕」は本庄になぜあんなことができたのかを調べ始める。それはまた、自分の今までを思い出すことにもなっていった。

ふつうの小説は読み始めて少しすれば、これは恋愛ものだとか本格推理とか青春ファンタジーだとか、自分がどういうフィールドに入っていくのかがわかる。しかし本書はSF的進行も考えられるし、ミステリー、異世界もの、業界暴露小説としての展開もありうる。何を読んでいるのか、名付けができないまま話が転がっていくってこんなにもスリリング、という快楽を久しぶりに味わった。

そして全体を「クイズ」が貫いている。マニアなら「問題です。目黒駅はし――」と言われただけで答えがわかるわけ(ちなみに正解は「港区」)、かつては「天保山」で〇だった答えが×となったできごと、黒烏龍茶の成分と小坂大魔王の「ペンパイナッポーアッポーペン」がどう結びつくかなど、裏話的あれこれも興味深い。

とくべつなジャンルを描いた作品は、読み進むうち舞台の輪郭がはっきりしてくるものだ。でも本書は「クイズ」の底知れなさがどこまでも広がっていく。

神聖なる領域か、怪物たちの宴か、知能の荒野か、エンターテインメントの宇宙か。私が感じた、名付けや境界線なしに世界が外へ外へとふくれあがる感じは、小説を超えた、クイズそのものなのだ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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