【第215回】間室道子の本棚 『母性』湊かなえ/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『母性』
湊かなえ/新潮文庫
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新潮文庫『母性』の巻末解説を書いているのは私でございます。それで映画化を聞いたときの第一声は「え、どうやって?!」であった。

まずこれはミステリーの手法のひとつ「信用できない語り手の物語」なのだ。詐欺師やマジシャンに代表される騙しのプロや、なんらかの事情で精神が不安定になっている人の独白や手記で進む作品をこう呼び、読み手は「この人物の言うことを鵜呑みにしていいのか」と疑いながらページをめくることになる。『母性』にはその信用できない語り手が二名登場し、しかもふたりは母娘で、ひとつのできごとにまるで違う解釈を突きつけてくるのが悩ましい。

また、小説というジャンルの特性に「顔が見えない」がある。文字だけの世界を注意深く追ううち「あら、この人はもしかして」と気づいていくのも『母性』の読みどころ。一方映画のお楽しみといえば、俳優陣のお顔、お姿。どうやって映像化!?と私が目を剝いたのも無理はないのである!

方法はある。映画にしやすいところをつまみ食いすればいいのだ。だが監督は名うての廣木隆一さん。原作に惚れての着手であり、しかも「信用できない語り手」「人物の顔が見えない」という小説『母性』の核への惚れ込みであるに違いない。私の「どうやって?!」は期待の叫びでもあった。

鑑賞後はもう、まいりましたと言うしかなかった。「母側」「娘側」の視点分けは狙いを定めた幾つかに抑えて最大の効果をあげている。最初のほうの、のれんがばーんと映ったあとの居酒屋の場面にもシビれた。プロの見せ方、隠し方である。

さらに映画『母性』には、主人公ペアである母と娘と同じくらい色濃く映し出される親子がいる。田所の本家の母親と律子だ。

夢のような美しい家を台風の夜失った父と母と娘は、父の実家である田所家へ身を寄せる。そこで母は姑である義母にいじめ抜かれるのだ。この鬼義母は自分の娘・律子を溺愛している。嫁は理由なく憎いがわが子は理由はいらずにかわいいのである。

一方美しい家の崩壊を機に「胸を切り裂く言葉を吐き時には拳を振ってくる母と、愛を乞うわたし」という痛みが娘に染みつき、「愛能う限り大切に育てているのに私を撥ねつける娘」という苦悩が母親に根づく。

正しいのはどっちなの?と言いたい方もいるだろう。でも読み取るべきは、なぜふたりとも相手の拒絶を感じながら生きているかだ。小説には「愛される=許される」という式がでてくる。ならば母にも娘にも「許されないこと」があるのか――。台風の夜、ほんとうは何が起きたのかがあらわになる時、全員が言葉を失うだろう。

さらに、息が詰まるほど愛されている律子と愛に飢える娘には共通点がある。ふたりとも母親とのツーショット写真を自室に飾っているのだ。

私の考えでは、男の子は十代の半ばぐらいからお母さんとの写真を飾らなくなる。世間には「マザコン」なる言葉があり、きょうだいや友達に見られたら恥ずかしいと判断するのだろう。一方女の子たちはいくつになっても母親との写真を身近に置き続ける。律子も娘も、自分とお母さんはこれでいいのかと苦しみながらもツーショットを飾っている。この一瞬には、健全な母娘の関係があるとすがりついているように見える。映画ならではの表現だ。

母親たちにも注目したい。お嬢さん育ちだったのに姑との同居を機に家事の一切および農作業までを背負わされ、感謝もされない母と、嫁のやることなすことが気に入らず罵声を浴びせ続ける義母。映画ではひとりが壊れ、ひとりはたくましさをみなぎらせていく。

根っこにあるのは、娘だ。片方はわが子がしでかしたことのせいでどんどん不安定になり、片方はかつて最愛の人が「宝」と呼んだもののために、どんなことがあっても壊れない。行きつく先は逆だが、どちらも母の性(さが)だ。

かくして文章でしか表現できなかった『母性』が、映画にしかできない『母性』として立ちあがっている。どうぞ映画館に、足をお運びくださいますよう。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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