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【第221回】間室道子の本棚 『中庭のオレンジ』吉田篤弘/中央公論新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『中庭のオレンジ』
吉田篤弘/中央公論新社
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夜のお菓子といえばうなぎパイだが、夜のくだものといえばオレンジではないだろうか。こんな印象を持ったのも、吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』(ちくま文庫)のシーンがすばらしく心に残っているからだ。

商店街に、おそくまで店をあけている果物屋さんがある。まだ若い店主は、夜になると手元にオレンジを並べて本を読む。電球の灯がつややかな丸さに反映し、読書にちょうどいい明るさになるのだ。

アパートメントの階段にこのくだものが置かれている場面もある。夜更け、窓ひとつだけの暗いそこに、内側から光り輝くような、冷えて持ち重りのするくだものが出現している。

私のイメージでは、オレンジは夜の小さな太陽だ。てのひらの上、半径1メートルぐらいに、熱や明るさをくれるもの。

また、私の考えでは、オレンジには「はるばる」というイメージがある。公園でふと匂いがただよい、あたりを見廻すと、意外なくらい遠くのベンチにうれしそうにくし切りを口にはこぶ女性がいて驚くことがある。オレンジは、皮も果肉も汁もよく香る。こういうくだものは、あんがい少ない。

この「てのひらサイズ」と「はるばる感」が篤弘さん作品の真骨頂である。

日本の名もなき街、外国の小さな町にいる登場人物たちは、すごく心を遠くに飛ばす。叶えられなかった夢、今は亡き人、行けっこないと思ってる場所、過去、そして未来。「ご近所の話」であるはずのものでも、どこかに「旅」めいた時間をはらんでいるのはそのためだ。

本書『中庭のオレンジ』におさめられている21の物語も、「なんてはるばる私に会いにきてくれたことか」という思いをいだく。異国の話も部屋から一歩も出ないご夫婦のやりとりも、ひとしく彼方から来た。つまり、大声ではないということだ。

現代は、ぜんぜん動かずなにかを速攻発信できる時代で、私が思うに、実はみんな「ほんとに届いてるのかなあ」と不安なのではないか。だから多くのSNSの人は声がでかくなったり態度を大きく見せようとしたりする。時間も距離もはるばるの篤弘さんの物語は、大事なことを小さな声で話す。

おすすめは「水色のリボン」。主人公の女の子は、子どもの頃夢の中にあらわれた天使ととりひきをする。あなたの右手をくれたら楽しい一生を送れるようにする、という言葉に乗ったのだ。以来、右手に力が入らない。「楽しい一生」が保証されているので、スプーンを握る、鉛筆で文字を書くなど、日常生活に支障はない。でもたとえば「靴ひもをしっかり結ぶ」がかなわない。

こんな主人公が意外な職場で働いている。

誰もが「力がなきゃ無理」と思ってる職種で、彼女は彼女にしかできないことをするのだ。なんという爽快さ、解放感。私の心も遠くに飛ばされる。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
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