【第224回】間室道子の本棚 『窓辺の愛書家』エリー・グリフィス 上條ひろみ訳/創元推理文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『窓辺の愛書家』
エリー・グリフィス 上條ひろみ訳/創元推理文庫
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エリー・グリフィスはフェアな作家である。真相への手がかりが「そこに書いてあるじゃん」なのだ。読後おのれの目のフシアナぶりにキーッとなるのだが、本書の帯に「伏線の妙」とあり、むう、と思った。

通常のミステリーの場合、伏線箇所にはよーく読むと「ここでそれを言う必要ある?」とか「これって何を意味してるの?」となるわずかな毛羽立ちがあり、作者の「どうか気づかれませんように!」のギリギリがうかがえる。書き手と読み手の頭脳合戦。しかし『窓辺の愛書家』のさまざまは、すごくフラット。

舞台は英国の海の町の高齢者向け共同住宅。読書好きなご婦人ペギーが急死する。90歳。心臓発作と診断されたらうなずける年齢だ。しかしウクライナ出身の若き女性介護士・ナタルカは疑問を持つ。そしてペギーが意外な仕事をしていたことかわかり、彼女が所有していた一冊から不穏なカードが出て来る。そしてこの死を皮切りに・・・。

事件には素人探偵たちが乗り出してくるのだけど、不謹慎に盛り上がっているわけではない。彼らにはある種のモヤモヤがあるのだ。たとえばナタルカにはウクライナ陸軍に入隊し戦闘中行方不明になった弟がいる。軍の人たちは、死んだと思っていると言った。哀悼と、でもどこかで生きているのでは、のあいだで揺れる彼女。

カフェ店主のベネディクトは32歳で「元修道士」という異色の経歴だ。無念なのは人間的なふれあいを求めて外の世界へ出たのに、いまだに私生活がぱっとしないこと。ナタルカに片思い中だが、ハートのラテアートをほどこしたコーヒーを出しても彼女は気づかずいつもたちまち飲み干してしまう。

エドウィンは元BBC勤務の紳士。海辺を手をつないで歩く男性カップルをほほえましく見ている。彼の青春時代、同性愛は違法とされていたのだ。昔も秘密のつきあいはあったし今はいい時代になった。でも「じゃあ誰かと」には遅すぎる。自分は80歳だ。

もちろん捜査のプロも出てくる。ハービンダー・カー。前作『見知らぬ人』の女性刑事さん再び!先の作品でのご本人曰く、「インド人、同性愛者、実家住まいの三重苦」(欧米では成人した子供がいつまでも親と暮らしているのは変、という価値観がある)。これらの「苦」を恥じてはいない。母の絶品料理付きの実家は天国。しかし愛情深い両親への屈託はある。彼女の性的指向を知らない彼らは、近所のおせっかいさんたちが娘にぶしつけに聞く「ボーイフレンドはいるの?」への防御壁になってくれさえしてるのだ。自分たちがいちばん聞きたいことのはずなのに・・・。

私の考えでは、四人には「一時停止ボタンを押したような過去、今」という思いがあり、それが彼らを謎に向かわせる。頭がよく、ユーモアがあり、愛され、そして興味深い人物だったペギーの死を「休止を押してそれっきり」にするわけにはいかないのだ!

このほか、重警備の豪邸に住みながら外から見える掲揚ポールに自分のトレードマークがでかでかと描かれた旗を掲げずにはいられない有名作家とか、一作目を超える作品がどうしても書けない女性犯罪小説家、やり手の経営者然としているナタルカの上司、亡きペギーにロシア語で「クラーク(けち)」というあだ名をつけられていた息子のナイジェルなど個性的な面々が登場。

さて、「伏線」である。登場人物たちは、事件の前、後にかかわらず、こんなことしゃべったらあとから疑われるかもとかまずいんじゃないかとかなしに、暮らしぶりだの自慢だのぼやきだのをべらべらしゃべる。犯人でさえ。

つまり、みんな、ふつうの人だ。がんばってきた人生を聞いてほしいのである。で、われわれはたいていの場合そんなもんは右から左。そこを突いてくるのがエリー・グリフィスなのである!

伏線らしい伏線もある。そのひとつが、「答えは本の中にある」。大急ぎで処分されようとしている蔵書、簡易製本の新刊、強奪された一冊、ブックフェスティバルの出演者たちの作品、書き手の新境地を開くはずのプロジェクト、意外な人物が送ってきた原稿etc、本書にはたくさんの本がでてくる!!

で、答えはまさに「本の中」だった。私の目はフシアナ。キーッ、むっきー!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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