【第226回】間室道子の本棚 『ケチる貴方』石田夏穂/講談社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ケチる貴方』
石田夏穂/講談社
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ボディ・ビルの世界を描いた『我が友スミス』の著者による二作目で二編を収録。今回も主人公たちは自分の体とがっつり向き合う。
表題作のテーマは冷え性。登場するのは工業用備蓄タンクを作っている会社の社員で、彼女は子供の時からとんでもない冷え体質だった。でも周囲はそのことを知らない。なぜなら、本人曰くの「いかなる集団にあっても最も寒くなさそうな人間」「金太郎的姿」。”寒いのでエアコンを切ってもいいですか?”は華奢な人間が口にできる台詞だと思っている。
運動してもあたたまりは十分程度しかもたない。白湯からヘム鉄まであらゆる「温活」をしているし、自分が夜のホットヨガ教室に遅刻したくないため、高齢の上司の願いを聞き流すことも!
面白いなあと思ったのは、社内で厚着はしないこと。自宅ではスキーのような恰好をしているのに会社では黒のスラックスに社用ジャケット。その下はタンクトップだ。膝掛けを用意しないし紙コップのホットコーヒーを持ち込むことはあっても保温タンブラーは使わない。
私の考えでは、彼女は主に男たちが「そんなことは女がやるもんだ」と思っているものがキライなんだろう。舐められたくないし揶揄してくる隙を与えたくない。シーラカンス的な職場には、いまだに「愛嬌を武器にしろ」とかいう中高年男性がうようよ。ある日主人公は、持ち回りの業務とはいえ部長のキメの台詞が「女の人のほうが面倒見がいいじゃん」で、秋採用の新入社員の教育係になった。その後何日かして、体内に異変がおきる。
彼女は思う。自分は優秀だが仕事はクール。周囲へのあたたかみとか熱心とか熱意からは遠い存在だった。健全な体に健全な魂が宿る。その逆も然りなら?!
というわけで「徳を積む温活」的なことを始めた彼女にふりかかってきたのは、あの大キライなものたちだった。なぜなら「一歩引く」だの「甲斐甲斐しい」だのは――というお話。
二つめの「その周囲、五十八センチ」の数字は太もものサイズ。脚だけが太い主人公は脂肪吸引にのめり込む。足の部位の後はお尻、腹部、腕、顔。どんどん小さくなり、サイズが「可愛く」なった彼女に周辺は・・・。
二作品がさばさばしているのは、主人公たちが生身の自分と真っ向勝負してるから。
女と体形を描いた小説では「彼を見返してやりたい」とか「彼女みたいになりたい」が出てくるものだけど、本書の二人は、どこぞの誰かさんは眼中にない。
そりゃあ「ケチ」の主人公は熱湯シャワーを浴びたり禁断の「シール付きカイロを肌に直貼り」をしたりする。「五十八」の彼女は、私は脂肪吸引依存、と認めている。でも自暴自棄ではないのだ。
己の身体を「他者」のように観察し、扱い、鬼監督のごとく試練をあたえ、頭脳派コーチのようにケアをし、もたらされた変化に驚愕したり満足したりする。よくある「気持ちが病んでるから体にイッちゃった女」でないのもいいし、安易に「やっぱり大切なのは心」に流れていかないストーリーもすばらしい。
彼女たちは聖職者のように身体と会話し、聖戦のように冷えと脂肪に挑む。とことんボディとやり合わなきゃたどり着けない境地、出会えない自分もあるのだ。新しい肉体小説。
表題作のテーマは冷え性。登場するのは工業用備蓄タンクを作っている会社の社員で、彼女は子供の時からとんでもない冷え体質だった。でも周囲はそのことを知らない。なぜなら、本人曰くの「いかなる集団にあっても最も寒くなさそうな人間」「金太郎的姿」。”寒いのでエアコンを切ってもいいですか?”は華奢な人間が口にできる台詞だと思っている。
運動してもあたたまりは十分程度しかもたない。白湯からヘム鉄まであらゆる「温活」をしているし、自分が夜のホットヨガ教室に遅刻したくないため、高齢の上司の願いを聞き流すことも!
面白いなあと思ったのは、社内で厚着はしないこと。自宅ではスキーのような恰好をしているのに会社では黒のスラックスに社用ジャケット。その下はタンクトップだ。膝掛けを用意しないし紙コップのホットコーヒーを持ち込むことはあっても保温タンブラーは使わない。
私の考えでは、彼女は主に男たちが「そんなことは女がやるもんだ」と思っているものがキライなんだろう。舐められたくないし揶揄してくる隙を与えたくない。シーラカンス的な職場には、いまだに「愛嬌を武器にしろ」とかいう中高年男性がうようよ。ある日主人公は、持ち回りの業務とはいえ部長のキメの台詞が「女の人のほうが面倒見がいいじゃん」で、秋採用の新入社員の教育係になった。その後何日かして、体内に異変がおきる。
彼女は思う。自分は優秀だが仕事はクール。周囲へのあたたかみとか熱心とか熱意からは遠い存在だった。健全な体に健全な魂が宿る。その逆も然りなら?!
というわけで「徳を積む温活」的なことを始めた彼女にふりかかってきたのは、あの大キライなものたちだった。なぜなら「一歩引く」だの「甲斐甲斐しい」だのは――というお話。
二つめの「その周囲、五十八センチ」の数字は太もものサイズ。脚だけが太い主人公は脂肪吸引にのめり込む。足の部位の後はお尻、腹部、腕、顔。どんどん小さくなり、サイズが「可愛く」なった彼女に周辺は・・・。
二作品がさばさばしているのは、主人公たちが生身の自分と真っ向勝負してるから。
女と体形を描いた小説では「彼を見返してやりたい」とか「彼女みたいになりたい」が出てくるものだけど、本書の二人は、どこぞの誰かさんは眼中にない。
そりゃあ「ケチ」の主人公は熱湯シャワーを浴びたり禁断の「シール付きカイロを肌に直貼り」をしたりする。「五十八」の彼女は、私は脂肪吸引依存、と認めている。でも自暴自棄ではないのだ。
己の身体を「他者」のように観察し、扱い、鬼監督のごとく試練をあたえ、頭脳派コーチのようにケアをし、もたらされた変化に驚愕したり満足したりする。よくある「気持ちが病んでるから体にイッちゃった女」でないのもいいし、安易に「やっぱり大切なのは心」に流れていかないストーリーもすばらしい。
彼女たちは聖職者のように身体と会話し、聖戦のように冷えと脂肪に挑む。とことんボディとやり合わなきゃたどり着けない境地、出会えない自分もあるのだ。新しい肉体小説。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。