【第229回】間室道子の本棚 『黄色い家』川上未映子/中央公論新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『黄色い家』
川上未映子/中央公論新社
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お金は暴力だ、というのが読み進むうち感じたことだった。

押し込み強盗とか「奥さんのパート代を酒びたりのDV亭主が」という話ではない。金についてつねに考えている人は物騒なエネルギーにたえずにさらされているようなものなんじゃないかと思ったのだ。

主人公の花は四十歳。ある日彼女はネットで「無職・吉川黄美子(60)が、二十代の女性を一年三カ月にわたり監禁、暴行。その初公判が東京地裁で開かれた」という記事を見る。あの黄美子さんだ――今から二十年前、若かりし自分は彼女と同居していた。ほかの女の子たちもいた。

「大丈夫だ」「心配することはない」「わたしたちのやったことは時効」「そんなに大きな罪には問われない」という思いと裏腹に、恐怖と不安が花にのしかかる。やがて浮かぶ「あのときとおなじようなことしてて」という言葉。ここから記憶の地獄めぐりがはじまる。

私の考えでは、金のバイオレンスは額とスピードだ。花が高校一年のときのファミレスのバイトは時給六百八十円。数年後彼女は「秒給五万円」のような仕事に手を出す。喜ぶべきか恐れるべきかわからないこの圧倒的差。冷静だった男がせっぱつまってやばい話に乗るときの危険な速さもでてくる。

一方お金はどんなに貯めても、一瞬で盗まれたり渡さねばならなくなったりがある。金において、「むしり取られる」と「自ら差し出す」はしばしば同じ意味になる。それは「愛のために」が付く時だ。

著者の川上未映子さんは五感をつかって書くのがうまい人だが、私が本書でうなったのはお金の「音」だ。ATMから札が出てくるときの、「ズババババババババッ」と記されている爆音。シーンを読んで初めて、私はあれが怖い、と気づいた。あんな殺伐とした音で吐き出されるもので、人は夢や喜びを買う。

さらに、身分を保証するものがないのできちんとした手続きで家が借りられない、銀行口座がつくれないから貯まったお金は段ボールに入れ家の中に隠す。「まっとうに生きろ」と世間はよく言うけど、まっとうのスタートラインにすら立てない「持たざる」花の一方で、「持つ」側も描かれる。どういう人たちかというと、銀行口座から五十万円なくなっていても気づきもしない人間、別荘購入から娘の不正進学までじゃぶじゃぶ金を遣っても満たされない女。「金に狂う」というけど、狂っているのはどっち?と言いたくなる。

みんなは、自分は「いったい、金の、どれを、なにを望んでいるのだ?」という花の悲鳴が上がり続けるような後半は圧巻。「金の奥」、「金以上のもの」、「金の正体」――彼女が見たもの、見ようとして叶わなかったものとは?

全身を札束でひっぱたかれまくったように読後へとへとになる、エネルギッシュな快作だ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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