【第230回】間室道子の本棚 『傲慢と善良』辻村深月/朝日文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『傲慢と善良』
辻村深月/朝日文庫
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★またもご挨拶・・・三月冒頭に「隔週木曜更新にかわります」とお知らせしたとたん、四本書けてしまいました。四月は毎週木曜更新できそうです。 今後は月のあたまに掲載本数を発表いたします。引き続き、よろしくお願いいたします。 さて、今週の原稿です!

昨年の秋の刊行以来、大ヒット&ロングセラーを続けている文庫。女性が夜の東京を走るシーンから物語は始まる。名前は真実。三十五歳。

「早く早く早く」
「いつになったら「大丈夫」になれるのかわからなくて」
「私を助けて」

彼女は四つ年上の交際相手・架に泣きながら電話し、家にストーカーがいる、と言った。前半は架、後半は真実の視点でお話は進行していく。

婚活で知り合い、つきあって二年になる頃この「ストーカー侵入」が起きた。これを機に同棲、そしてプロポーズと二人の関係は一気に進む。しかし、結婚式まであと七か月という時、真実が消えた。警察はある判断をし、動かない。

手がかりを求めて真実の実家のある群馬に向かった架は、自分と彼女、それぞれの婚活がどういうものだったかを辿りながら互いの傲慢と善良を知る。この二つは表裏一体。なぜなら、どちらも根底にあるのは「未熟」と「無知」だからだ。

たとえば厳格な母親にひたすら「いい子」に育てられた真実は新卒採用の面接で「この会社は第一志望ではありません」と答えた。

嘘がつけない彼女は善良。しかしこんなことを言われた相手はどう思うかまったく想像しないのは傲慢。就職試験でこうなのだから、真実のさまざまはうまくいかない。

一方の架は三十二歳の時、当時の恋人が語った結婚願望をプレッシャーに感じ、返事をあいまいにした。仕事の事情もあった。やがて彼女から終わりを切り出された時の彼のせりふが、「ならば結婚したい」。

この娘と別れることになるなんて考えもしなかったのは架の善良さだろう。でも「ならば」に込められた傲慢さを、読み手、とくに女性読者は見逃さないだろう。

さまざまな人物が登場するが、注目は群馬で真実が世話になった「結婚相談所」の老婦人。架との面会を承諾したご婦人は、彼がかねてからつきとめたいと思っていた「相手にピンとくる/こない」という言葉の正体をはじめ、「結婚相談所は最後でなく最初の手段」「婚活に成功する人としない人は何がちがうのか」「自己評価は低いのに自己愛がとても強い現代の男女たち」などズバズバ分析し、架はたじたじとなる。

やがて冒頭の走る真実が何に追われ、怯えていたか、私たちは知ることになる。ねじれとこじれがどんどんあらわになり(架の女友達数人の行為たるや!)、こんな救いようのない事態をどうやって終結!?と読んでいて頭を抱えたくなったが、どんでん返しのような大胆さと登場人物への丁寧な寄り添いで物語を前進させるのが、ミステリー作家・辻村深月さんの真骨頂。

離れていても、メッセージひとつであの時間に引き戻される――。ラストシーンの近くで、あるおばあさんは、真実から聞かされた架との道のりを漢字三つで表し、笑う。「婚活」の真逆にあるような、でも猛烈な心の震えを経た彼と彼女を差すのにふさわしい言葉。

この三文字の少し先に、最終ページがある。未来に光差すことを祈らずにはいられない感動作だ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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