【第231回】間室道子の本棚 『好きになってしまいました。』三浦しをん/大和書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『好きになってしまいました。』
三浦しをん/大和書房
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カード会社の会報誌、丸の内にある大型商業施設の冊子、新聞など、ここ十年、しをんさんがいろんなところで書いたエッセイ集。

読みどころは世界に対する胸襟の開きっぷりで、タイトルはそれをあらわしているのだろう。自分に鍵をかけたまま何かを好きになるというのは「唇を引き結んだ状態で何かを食べおいしいと言う」ぐらいありえないからだ。

うまいとなった以上、口はあいている。好きになっちゃったのは、相手に心をひらいている証拠。

そして読者もオープンマインドになってしまうのが「しをんさんマジック」である。「わが家に買われた植物の自主的がんばり」から「某歌ったり踊ったりするきらめく集団のコロナ禍でのライブで女の子がしていたこと」「二宮尊徳の銅像の姿はわれわれ現代人の日常行為と一緒」まで、あるある!え、そうなの?とうなずいたり突っ込んだり、文章とおしゃべりしながら読み進む感じがたまらない。読書は書かれたものを読むことだけど、本書の場合は「双方向」なのだ。

面白いのは、おそらく読み手によってあがる声が違うこと。通常のユーモアエッセイでは、皆が同じところで笑ったりあきれたりする。著者がそれを狙っているからだ。しかしこの本には自由な広がりがある。植物のがんばりに「まさか!」もあれば「うちもだ!」もあるだろう。きらめく集団ライブの女の子に吹きだす人もいれば、「それは私だ」としみじみする人もいるだろう。本書でなんどかでてくる「多様性」という言葉が読者の反応に自然にあらわれてる。これもしをんさんマジック。

さらにエッセイって、がっつり/やんわりを問わず、依頼主からなにかしらのテーマを出されるものだ。第一章には化粧品会社の会報誌に書いたエッセイがまとめられており、お題は「日常のなかにある美」。

で、前出の「がんばり」から予想されるように、しをんさんは植物を育てるのがお好きだ。鉢植えや花々の話を書けば、おお、まさに日常の美。しかしどうしても「そこに寄ってくるもの」にフォーカスがいく。よってこの美容雑誌には虫の話がいっぱいだ!

ただ、感動秘話(!?)もある。われわれは他者がいつくしみ合っている光景をうつくしいと思うものだが、ある日しをんさんは、見つけると必ず悲鳴をあげてていた軟体動物に、愛と美を見出すのである!

このエピソードにはさすがに、「あるある」より「ないない!」の声が多そう。でも私は本書でいちばんの愛と美はなんですか、と言われたらこれを思い出す。別な章には本や旅の話があって、アンナ・カヴァンの『アサライム・ピース』の淡々としたうつくしい筆致や、しをんさんが三大エンターテインメントと位置付ける集団の光輝くプロ意識の話もあるのにー。

実物接近遭遇にはそりゃあ私も「ひいぃーっ」だ。でも次に、すごく遠方から見かけたら、私は本書により、おそらくほんの少し、彼らに心を開いていると思う。

「自分とは異なる存在が世界を新鮮に、刺激的にしてくれる」という言葉どおりの一冊。おすすめ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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