【第232回】間室道子の本棚 『からだの美』小川洋子/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『からだの美』
小川洋子/文藝春秋
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
身体の部分から人やいきものを描く随筆集。私の考えでは、本書で小川洋子先生は、焼肉の注文時ような熱量でからだを見ているんじゃないかと思う。

ふだんわれわれは「鳥、豚、牛、たまに羊」ぐらいしか言わない。でも焼肉ではやれタンだとかハラミだとか、ハツ、ランプ、みすじ、ざぶとんとか、熱心に部位を考える。味は塩かたれだが、舌ざわり、噛みちぎる時の繊維感、脂の乗り具合など、ふだんは意識しない特徴、いうなれば「肉の性能」をわれわれは吟味しまくる。

いきているものをパーツで見ていくことには独特の静けさがあると思う。私の考えでは、いったん「生」をやめているが「死」でもない、という状況だ。(ほんとは屍の肉だけど生肉って言うし、焼いてなお、「このホルモンは新鮮だ」と評したりする) つまり解剖学的。

小川先生に選ばれた身体の一部が、文学という手術台の上に置かれる。念入りな観察のために、それらはいったん動かないものになる。でもそこから見えてくるのは、見たいのは、動きなのである。

先生はそれぞれの最高級を取り出す。「外野手の肩」ではイチローが、「棋士の中指」では羽生善治が、「卓球選手の視線」では石川佳純が語られ、背中ではゴリラ、皮膚ではハダカデバネズミが登場。部位が才能に、才能が最善に直結していくのをわれわれは目の当たりにする。

付けられたワンショットも素晴らしい。(そういえば写真も「一瞬」を凍結させていながら「動き」を見せるものである)。変な言い方だけど、イチローのは全身が肩、羽生九段のは全身が中指、石川選手のは全身が目のように見える。

圧巻はバレエだ。小川先生の注目は爪先だが、「バレリーナは閉じ込められた人なのだ」という一文を見て、長年の謎が解けたあ!と思った。この文章は「至高の美を表現するため、本来ならありえない体に、閉じ込められている人」と続くのだが、私の頭にあったのはオルゴールだ。

今は磁石タイプの”お人形後乗せ”が主流のようだけど、うちにあったのは、蓋の裏が鏡張りになっていて、開けると踊り子が中央で立ち上がり、音楽に合わせくるくると回るもの。閉めると横倒しになって格納されるらしかったが、子供の私は、箱の中で彼女はどうなっているんだろう、とよく考えていた。

「バレリーナの爪先」の章に添えられた写真は、私が考えていたオルゴールの彼女そのものだ。狭く暗い世界から、彼女はこんなふうに身をしならせ、復活してくる。

閑話休題、からだの一部で人全体を見ちゃうのは失礼ではないか、という声もありましょう。だが意外に愛情の表現に効くのである。私の大学時代の英語の先生はアメリカ人で、日本の男女はすぐ「ぜんぶ」というからアピールが下手ね、と言っていた。

「彼の、彼女のどこが好き?と言われると、あなたがたはすぐ”ぜんぶ”という。それじゃ印象に残らないよ。「彼の目が好き」「彼女の足が素敵」と言ってごらん。彼の目=彼のまなざし=世界の見方が好き、彼女の足=彼女の歩き方=進んできた道が素敵、とイメージがひろがり、姿まるごと、人生へのリスペクトが届くでしょう。ひとつ選んで、すべてをつたえなさい」とのことだった、

身体から生、美から愛がスパークする一冊。
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る