【第224回】間室道子の本棚 『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈/新潮社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『成瀬は天下を取りにいく』
宮島未奈/新潮社
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★皆様 こんにちは。「間室道子の本棚」、5月は第一、第二、第三木曜掲載は確実です。 第四木曜更新できるかどうかは、本の神様しだい!? では今月の一本目です!

文体とか、文学的な深まりとか、私がすぐれた小説だと思う基準はいくつかある。でも「この子好きだわあ」、と読者に思わせたら物語は勝ち。そんな「お話の魅力」をあらためて感じさせてくれたのが本書。成瀬あかりの中学から高校までが、語り手を変えながら6編収録されている。

この主人公は突拍子もないことをするが、いわゆる不思議ちゃんやメンヘラ女子ではない。一話目の時の彼女は14歳。「この夏を西武に捧げようと思う」と宣言し、西武大津店に通う。デパートは8月末で閉店が決まっており、地元テレビ局の夕方のワイド番組が最終日まで生中継を入れる。それに欠かさず映り込むのだ。

二話目では、ある頂点をめざすと言い出し某有名コンテストに出場する。四話目では皆がザワつく姿になって高校の入学初日にあらわれる。小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「二百歳まで生きる」だ。

読むほどにユニークさにシビれるが、「こんな娘、いないんだろうな」ではなく、成瀬のような子は今増えてるんじゃないかと思う。サッカーW杯や野球のWBCをはじめとする令和の若者たちの活躍に、ジェンダーレスで成瀬の心意気がかぶるのだ。

人からどう思われるかは眼中にない。考えるのは、自分が人としてどうありたいか。迷いはない。あるのは決断だけ。なんともかっこいい!

幼なじみの島崎みゆきもいい。

赤ん坊時代から同じマンションに住む島崎は、成瀬あかりの「全史」を見届けることはできなそうだが(なにせ相手は「人生二百年」に邁進してるのだ)、できるだけそばで見ていようとココロに誓う。”私がいちばん近しいのよ!”とか”彼女を理解できるのは私だけ!”ではなく、「目撃者になる」という距離感がまず面白い。

だがそんな思いは早くも二話目で崩れる。「頂点をめざす挑戦」は一人ではできない種類のもので、「島崎が必要だ」と成瀬に言われ、彼女はあせる。自分は成瀬史を見届けたいのであって、そこにわが名を刻みたいわけではない。最前列かぶりつきで見ている客を舞台に上げるような真似はやめてほしい!

しかし島崎は行動を共にする。成瀬がこんなことを頼めるのは私だけだ、とわかっているのだ。

わかっていないこともある。先に書いたように、成瀬あかり史に自分の名前を刻みたいわけではない、とみゆきは考えているのだが、エピソードを積み上げるたび、「島崎みゆき史」には確実に成瀬の名が刻まれていく。「成瀬はすごい」とことあるごとに言うのだけれど、相手が島崎こそすごい、と思っていることを彼女は知らない。みゆきはとっくの昔にあかりの心をつかんでいるのに逆は成されてない。だから最終話、たいへんなことになる!

島崎、気づけ! 成瀬、伝えろ! と誰もが願うだろう。どっちが脇役とかメインとかではない。思い出に名前を刻みあっている。それが友だちだ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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