【第227回】間室道子の本棚 『ノーマル・ピープル』サリー・ルーニー 山崎まどか訳/早川書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『『ノーマル・ピープル』
サリー・ルーニー 山崎まどか訳/早川書房
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アイルランドの地方に住むマリアンとコネル。高校時代からスタートし、ひりつく青春が描かれていく。

共通点は成績優秀で本が好きなこと。これを除けばふたりは違いだらけだ。

彼の母親は掃除婦、彼女の家は富裕層だ。彼はクラスの人気者で彼女は嫌われ者。彼はハンサム、彼女は学校一の不細工とみなされることがある。シャイなコネルは同級生たちのノリだけで生きてるような日常がほんとはニガテだけど、雰囲気を壊さないようにしている。マリアンはみんなにつっかかり、皮肉な態度をとる。

そんな二人が恋仲になる。仲間の目を気にする彼は口止めをし、彼女に”まるで私とおしゃべりしてくれる人間が学校にいるみたいだね”というふうな言い返しをされる。

関係は前途多難だ。高校生活の最後に起きた裏切り。そして首都ダブリンの名門トリニティ大学で再会した時、立ち位置は逆転していた。

エキセントリックさが個性になる大学でマリアンは光り輝いている。その一方、おしゃれな者、弁が立つ者、金持ちや名士の息子・娘たちが大勢いるトリニティで、地方出身の労働者階級のコネルに注目する者はいない。

ただ、悲しいほど賢いマリアンは気づいている。いじめや無視をされようと、人気者に祭り上げられようと、結局のところ男たちは・・・。

ふたりのいちばんの違いは家族についてだろう。実家で過ごしてダブリンに戻ってくるたびマリアンは不安定になる。亡き父と、弁護士をしている母と、県議会勤務の兄。あの人たちは私がぜんぜん好きじゃないの、ともらす彼女にコネルは言う。

「そう思うのも無理ないのかもしれないけど、でも結局のところ家族なんだから、あの人たちはお前を愛しているさ」

このせりふをためらいなく言える者と、まったく響かない者。

ある本に、家の中の男の人、つまり父親や兄弟とうまくいってなかった女性は、他の男性との距離がうまく取れない、とあったのを思い出した。

マリアンはBFになった男たちにある持ちかけをしてしまう。幼い頃から家の男はそうやって彼女に接してきたから。ほかを知らないのである。愛を注がれればうれしいけど不安にもなる。そんなことには慣れていないからだ。

母親は助けてくれない。それどころか、マリアンを前にした男性が発してくるものを彼らの「表現手段」だと解釈し、なんとかそれらをかわして生きている娘を冷淡な愛想なしだと思っている。兄のアランが、妹マリアンの存在そのものを打ち砕く心無さを投げつけたとき、居合わせた母がなんと言ったか。読み手の誰もが忘れられないだろう。

やがてマリアンの危機をコネルは目の当たりにする。

ノーマルとは、みんなと同じような恋や生活をすることではないのだ。その人とならなんでも話せて、なんでもできて、そのままの自分でいられること。

ラストでふたりは互いの「居場所」だ。最後の一行のマリアンの力強い言葉に、出だしの頃のすれ違いや苦難を思い出し、ああ、ふたりはこんなところまで来れたんだ、と胸が熱くなった。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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