【第230回】間室道子の本棚 『5A73』詠坂雄二/光文社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『5A73』
詠坂雄二/光文社
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「これがひらめいた時、著者はうれしかっただろうなあ」としみじみ思う小説がある。アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』、小川哲さんの『君のクイズ』などである。共通するのは、今まで誰も書いてない斬新さに満ちていること。

で、私の考えでは、これら三作はアイデアが浮かんだ瞬間ラストまで決まっていたと思う。ややこしい言い方だが「締めの方向がわからないまま思いつく話」ではないのだ。

さて、本作『5A73』。著者の詠坂先生のやったあ感がありありとわかる。なにせ「日本には誰も読めないし意味もわからない”幽霊文字”と呼ばれる漢字があり、四人の死者から同じ文字が見つかった」という話なのである。

それは、「暃」。

こいつは読み方からは検索できない。だってないんだもん。だが呼び出せる。音も意味もないが「形」は公式登録されているのだ。召喚のキイは、我が国の鉱工業品、サービス、データなどに関する国家規格であるJIS(日本産業規格)の、5A73。この原稿を書くために私も「JIS 5A73」と打って出した。

それで、ここからは想像だが、『アクロイド』「アルジャーノン」『君のクイズ』と違い、本書『5A73』は、題材は得たものの先が白紙だったのではないか。

おそらく詠坂先生、最初は、幽霊文字の存在を知ったのであろう。われわれの現実にこんなものがあるなんて、ミステリー作家としては金鉱を掘り当てたも同然。そして「死んだ人全員になんらかの形でこの文字があったら面白かろう」。ここまでぐらいはルンルン進んだはず。

だが、その先が難しい。「殺された人々に同じ幽霊文字が」なら連続殺人の予感。でも「猟奇的な犯人が死体に自分のサインを残していく」。こんな話は山ほどある。

じゃあ自殺?その時は、ありきたりなカルトとかSNSの呼びかけによる集団心中にならぬよう、たとえば「発生日時も場所もばらばらな四件の自殺死体に同一の奇妙な字が残されていた」――おおう、イケる!

しかし、ここでまた詠坂先生、考え込んだと思うの。だってこれ、捜査する?

幽霊文字は入れ墨ではなく(もしそうなら警察の情報網と機動力で彫り師はすぐ見つかり、「なんでこんなの彫ったの?その客、なんか言ってた?」と手がかりてんこもり!)、黒太マジックインキ使用でもなく、ちょっと手間のかかる、死者自らがしたとわかるやり方でほどこされていた。

そして、たとえ他者=犯人のしわざとしても、「体の表面にぺろっと」である。物理的な破壊を差す「死体損壊」は犯罪だが、ぺろりは処罰の対象か?むうう。

こういう状況で、物語の器としては誰に捜査させ、章をどう組み立て、なにをもって結末とするか。そして中身としては、あの文字にあえて「意味」と「読み」を考えるならどうなるか、象形文字なら何に見えるか。死者たちの生前の様子と、いつのまにか並走している影、そして五人目の遺体が――。

掘り当てた鉱脈は見事な金貨となり世間に流通し、手にした読者みんながすごいとざわめいている。詠坂先生の傑作。おススメ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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