【第233回】間室道子の本棚 『万事快調(オール・グリーンズ)』波木銅/文春文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『万事快調(オール・グリーンズ)』
波木銅/文春文庫
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新人作家で見たいのは、どのくらいぶっ飛んでくれるかである。どこかで読んだストーリーでないもの。意外な方向から球が来る感じ。私にとっての「新しい人」とはそういうものだ。

で、ひさしぶりに「出た!新人」と思ったのが本書である。「漂白された青春のステレオタイプ」をことごとく粉砕していく痛快さがここにはある。そして事実として、「ぶっ飛ぶ」お話である。

茨城の田舎にある「底辺」工業高校の二年。クラスに女子は三人だけで、矢口美流紅(みるく)はモテる。成績とか運動神経とか教師受けとかがよく、昼休みに他人の席にことわりなしに陣取り(しかも机に臀部を乗せている)男ら数人と大声で騒くのが日常の光景だ。

残る二人のうち、岩隈真子は本書に出てくる表現に従えば「横綱級のデブ」で、「目つきも性格も人当りも(頭も!)悪い」。朴秀美は教室ではほぼしゃべらないので誰も気づいてないがラッパーである。

シュワシュワ系ドリンクと家系ラーメンとエンドレス回転ずし一気食いのような取り合わせの彼女たちが、手を組む。

共通するのは、それぞれのいたたまれなさだ。この言葉は漢字では「居た堪まれない」と書く。どんなにスルーやうまくやっているフリができようとも、家に、教室に、部活に、この村に(具体的住所は東海村だ)もういたくないのである。出て行くためには金がいる。それで三人はあることに手を出す。

面白いなあと思ったのは、学校の箱的役割だ。

この欄の第229回で紹介した『君の六月は凍る』は、子供のための施設は学校ぐらいで幼い者や若者が居候のように息を詰まらせている町の話であった。『万事快調』にはボーリング場(岩隈のバイト先)とか公園(ラッパーの皆さんのたまり場)がでてくるけど、行きどころのなさは似たようなもんだと思う。

だったら学校でいろんなことをしちゃえばいい。これが著者・波木銅のぶっ飛び方である。

たとえば、セックス、物騒なものの隠す、へんなものの栽培。

いずれも究極の秘密行為。自宅で、自分の部屋で、鍵かけてやりたいことだ。でも本書の少年少女たちにとって、家は安心できない場所だ。というわけで!!!

なにせ建物はしっかりしてるし水道とトイレがあって個室(?)や無人の場所がけっこうある。へんな栽培についてははっきり「向いてる」と書かれているくらいだ!学校、おそるべし。

あと、私の考えでは、本書を貫くのはラップの精神である。

公園で輪になって立ち、インストゥルメンタルのビートに乗せてマイクをつないでいく夜、朴秀美が言葉に詰まり、「エイ、エイッ」と発声して一小節やり過ごすシーンが私は好きだ。「はにかみながら」と書かれているけど、ねじが飛ぶくらい頭を回転させてるはず。

ラップは「借り物競走」ではなく、己の内側にある引き出しを開ける早さを競うのだと聞いたことがある。外から思いつきでひっぱってきたなら口先三寸。自分のなかにあるものしか出せないし、そこに力が宿る。どうです、小説執筆みたいじゃありませんか!

さらに、 「北関東、とくに茨城の北部はまだ文明が未発達であり、火が発明されたのも去年のことだ」

秀美の「はにかみ」の裏に死に物狂いを感じたように、一見自虐のウケ狙いに見えるここにはなにか必死なものがある。茨城出身の俺がこう書けばあんたたちは笑うだろう、そう、これがジョークになる地元、そこで生まれ育って出ていけないかもしれない気分がわかるか?という著者のひんやりした視線と、アンビバレントな胸の熱さがうかがえるのである。

そして「村上春樹」。

わたしはこの人名でこれだけ笑ったことがない。

もし中堅作家や大御所がこれをやったなら、意図や計画や腕を感じるだろう。でも本書にあるのは、ええい、いてまえ!という思い切りのよさだ。すんごいたくらみも「新人だから許してもらえるよね」という甘えもなく、とにかく今出せるものをぜんぶ出す。これぞデビュー作。

物語に話を戻すと、岩隈は卒業したら自分たちのやらかしを後輩たちに継承しようと考える。抜け出すための手段が必要な者はいっぱいいるにちがいないのだ。割り切りの強い彼女は、「誰かのためになる」という大義名分があると私は活動しやすいし、と気づいてもいる。

でも、岩隈の切実さは前者にあると思う。

友情、努力、勝利、絆はお呼びでない。ただ隣に立った者に、激しさをつなげる。むう、これもラップ・スピリット。おすすめ!!!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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