【第238回】間室道子の本棚 『小説家と夜の境界』山白朝子/KADOKAWA

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『小説家と夜の境界』
山白朝子/KADOKAWA
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著者の作品は第197回『沈みかけの船より愛をこめて』で紹介したことがある。いろんなペンネームを使っている人で、いちばん有名なのはアンダーなミステリーで有名な「お」だろう。評論は「あ」、青春小説は「な」、怪談奇談は山白朝子とざっくり分けてるようだが、どの名前で出ようと私がこの書き手に注目するのは、お話が異様な方向から飛んで来るからだ。「今まで書かれていない角度」をすごく大事にしていると思う。

物書きというのはなんて奇妙ないきものなんでしょう、をテーマにした本書もそうで、“小説家のはしくれ”である「私」がでくわした同業者たちの話はどれも奇妙な味を持つ。

たとえば作家の苦悩といえば、みんな”書けない”を想像すると思うけど、本書で取り上げられるのは、書けてしまう苦しみだ。「小説家、逃げた」に登場するYは若くしてのデビュー以来、尋常でないスピードで作品を発表し続けている。裏には暗い事情があるのだが、そのドス黒さ以上に、三年で三十もの新刊を出してしまう二十代の男の子にもわれわれは異常を感じる。なにせ彼は右手と左手で・・・。

「小説の怪人」に登場するのは五十代後半のX先生。ジャンルは多岐で、出すものすべてがベストセラー。容姿はイケメン、性格は豪放磊落、批評家からの反応も上々で、若い編集者にいい影響も与え、各国で翻訳され海外のファンも多いという絵に描いたような人気者だ。だがある日、「私」は彼の新作に疑問を持つ。これはかつて、同期の女性作家Aが語ってくれたストーリーそっくりだ。偶然の一致などではない。なぜなら、その時「私」が彼女に提案したあることがそのまま使われているのだ。

盗作だ!という怒りや憤りより、あのすばらしいX先生が?という困惑のほうが大きかった「私」は、音信不通となっているAの行方を調べ始める。

ほかにも、わが身を作中の人物と同じ状況に置くことで創作の炎を燃やそうとする者あり、われわれの息子が、私達の友が、あんなえぐい小説を書くはずはない!という周囲の「愛」が若き才能を狂わせていく話あり。

評論の「あ」を除く、物語作家である「お」と「な」、そして山白朝子の作品には共通するものがある。それは「いたましさ」だ。

時に残虐シーンで知られる「お」の作品から発せられるのは嗜虐趣味ではなく、犠牲になる側のなすすべのなさや絶望だ。ベースにいかなるさわやかさが流れようと、「な」の書くものには胸がえぐられる瞬間がある。山白朝子の本書では、文中で「まともな頭の人は、小説を書こうなどとは思わないのかもしれない」「奇人変人の集まり」「どこか人格的に問題がある」と書かれまくっている物書きたちの狂気に、紙一重の神聖さが見え隠れする。

光に背を向け、「夜の境界」に踏み込んでいった者たちの七編。おススメです!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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