【第240回】間室道子の本棚 『八月の御所グラウンド』万城目学/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『八月の御所グラウンド』
万城目学/文藝春秋
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最近ある芸人さんの発言が刺さった。「視聴者は夢中な人が見たい」。
なるほど、熱湯風呂をはじめとする過酷なチャレンジも、スポーツやダンスの大会で入賞を目指す姿も、はじめて行くおつかいも、テレビの前のわれわれは「熱いですか」「何位ですか」「買えましたか」ではなく、ひたむきさを目にしたいのである。
「必死」は演出できない。つくられた苦悩顔なんかすぐバレる。「押すなよ、絶対に押すなよ」はわざとらしさの極みではないかという声もありましょうが、今は亡きあの方は「お約束」に全力で打ち込んでいた。その姿が愛された。
万城目学は「一所懸命」を描く作家である。登場人物たちは、なんだかよくわからない鹿からの指令とか学校の伝統的合戦とか家同士の因縁とか隠密行動だとかにどっぷりつかって悪戦苦闘する。
文明や神(!)など、大きな「奇」に重きを置いたものが続いた万城目作品だが、本書はひさびさの等身大の「がんばれ~!」が見られる。テーマはスポーツ。本人にしかできない戦いがそこにある。表題作もいいけれど、おススメは「十二月の都大路上下ル(かける)」。
主人公は全国大会出場を勝ち取った高校女子駅伝部の一年生補欠・坂東。みんなには「サカトゥー」と呼ばれている。私の考えでは、自分にバチっとハマったなと思える小説はまずネーミングがいい。陸上部の顧問でクール&ここぞという時には奇声を発しながら愛を全開にする菱夕子先生は「鉄のヒシコ」だ!
で、先輩たちを応援しようと燃えてはいるがどこかお気楽だったサカトゥーは、夕食のあとヒシコ先生に呼び出され、明日出る事態に。
仰天し、訴えた。もっと記録のいい人が、のほかに、彼女にはとんでもない弱点があったのだ。先生だって先輩たちだって知ってるはず!
実はわたしもサカトゥーと同じ症状である。この日の午前中に先生に率いられておこなった「京都市内における、走者のための声がけポイントの確認」で彼女が陥ったことなんか日常茶飯。「宿泊している旅館から見えるコンビニ」の一件については、わたしはここまでひどくない、と思いつつ、ほんとにそうか?似たようなやらかしがなかったか、と胸に手を当て、そのまま固まってしまったくらいだ!
閑話休題、そういうわけで、コース確認、試走をしないまま当日を迎えたサカトゥー。レースは進み、タスキを握った選手が次々走り込んでくる。いよいよ出番だ。自分と同じタイミングでスタートを切るのは赤いユニフォームの人。ここでバッチバチが起きる。すばらしい。
よくある「主人公がいきなり試合に」の話では、不安、自信ない、アタシなんか、がえんえん書かれがちだけど、さっさと戦闘モードに入るサカトゥー及び万城目学先生は潔い。
そして、都大路を下る攻防で、彼女は走りながら目のはしっこで異様なものを見る。
へんなものたちとサカトゥーとの共通点は、ぶっつけ本番の命がけだ。彼らにもリハーサルはなかった。”だったらなぜ、もう一人にもアレが見えたの?”のほか説明のつかないことはある。その答えは、本作、そしてもう一作の「八月の御所グラウンド」でも、ラストに一言出てくる。
「ここ、京都だし」
「ここが京都だから」。
最高だ!
なにか謎が起き、その答えとして都道府県名をもってこられたとき、読み手が納得してしまうのって、京都と、あとは沖縄くらいだろうか。土壌そのものへの怖れと悼み。リスペクト。
もちろん下手な作家がやったら「手抜きかコラァ」と集中砲火をあびるだろう。万城目学は「だって京都だもん」を真実にするため二編に力を尽くした。天晴れ大成功。
なるほど、熱湯風呂をはじめとする過酷なチャレンジも、スポーツやダンスの大会で入賞を目指す姿も、はじめて行くおつかいも、テレビの前のわれわれは「熱いですか」「何位ですか」「買えましたか」ではなく、ひたむきさを目にしたいのである。
「必死」は演出できない。つくられた苦悩顔なんかすぐバレる。「押すなよ、絶対に押すなよ」はわざとらしさの極みではないかという声もありましょうが、今は亡きあの方は「お約束」に全力で打ち込んでいた。その姿が愛された。
万城目学は「一所懸命」を描く作家である。登場人物たちは、なんだかよくわからない鹿からの指令とか学校の伝統的合戦とか家同士の因縁とか隠密行動だとかにどっぷりつかって悪戦苦闘する。
文明や神(!)など、大きな「奇」に重きを置いたものが続いた万城目作品だが、本書はひさびさの等身大の「がんばれ~!」が見られる。テーマはスポーツ。本人にしかできない戦いがそこにある。表題作もいいけれど、おススメは「十二月の都大路上下ル(かける)」。
主人公は全国大会出場を勝ち取った高校女子駅伝部の一年生補欠・坂東。みんなには「サカトゥー」と呼ばれている。私の考えでは、自分にバチっとハマったなと思える小説はまずネーミングがいい。陸上部の顧問でクール&ここぞという時には奇声を発しながら愛を全開にする菱夕子先生は「鉄のヒシコ」だ!
で、先輩たちを応援しようと燃えてはいるがどこかお気楽だったサカトゥーは、夕食のあとヒシコ先生に呼び出され、明日出る事態に。
仰天し、訴えた。もっと記録のいい人が、のほかに、彼女にはとんでもない弱点があったのだ。先生だって先輩たちだって知ってるはず!
実はわたしもサカトゥーと同じ症状である。この日の午前中に先生に率いられておこなった「京都市内における、走者のための声がけポイントの確認」で彼女が陥ったことなんか日常茶飯。「宿泊している旅館から見えるコンビニ」の一件については、わたしはここまでひどくない、と思いつつ、ほんとにそうか?似たようなやらかしがなかったか、と胸に手を当て、そのまま固まってしまったくらいだ!
閑話休題、そういうわけで、コース確認、試走をしないまま当日を迎えたサカトゥー。レースは進み、タスキを握った選手が次々走り込んでくる。いよいよ出番だ。自分と同じタイミングでスタートを切るのは赤いユニフォームの人。ここでバッチバチが起きる。すばらしい。
よくある「主人公がいきなり試合に」の話では、不安、自信ない、アタシなんか、がえんえん書かれがちだけど、さっさと戦闘モードに入るサカトゥー及び万城目学先生は潔い。
そして、都大路を下る攻防で、彼女は走りながら目のはしっこで異様なものを見る。
へんなものたちとサカトゥーとの共通点は、ぶっつけ本番の命がけだ。彼らにもリハーサルはなかった。”だったらなぜ、もう一人にもアレが見えたの?”のほか説明のつかないことはある。その答えは、本作、そしてもう一作の「八月の御所グラウンド」でも、ラストに一言出てくる。
「ここ、京都だし」
「ここが京都だから」。
最高だ!
なにか謎が起き、その答えとして都道府県名をもってこられたとき、読み手が納得してしまうのって、京都と、あとは沖縄くらいだろうか。土壌そのものへの怖れと悼み。リスペクト。
もちろん下手な作家がやったら「手抜きかコラァ」と集中砲火をあびるだろう。万城目学は「だって京都だもん」を真実にするため二編に力を尽くした。天晴れ大成功。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。