【第246回】間室道子の本棚 『幽玄F』佐藤究/河出書房新社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『幽玄F』
佐藤究/河出書房新社
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主人公・易永透は飛行機に心を奪われ、その姿を追いかけてどこまでも駆けていく子供だった――私の考えでは、作者が書きたいのはおそらくこれだけ。そのために、こんな超ド級の作品を仕上げたのである。そう思えるくらい、冒頭の走るシーンはすばらしい。

鳥ではないので人が飛ぶなら機械に頼るしかない。その最高峰はどこにあるか。かくして易永は自衛隊のパイロットをめざし、信じがたい才能を発揮していく。とくにアリゾナでの米軍との訓練で(舞台は2030年だ)、彼があるものに「勝つ」シーンは圧巻。

「なぜ日本では国防にたずさわるものが邪魔者あつかいされるのか」をはじめ、「君は日の丸や国家を背負えるか」といったハードでシビアな問題も出てくる。自衛隊は近未来でもビミョウな存在なのだ。で、攻められたらどうするとか大事な人を守るとかを超え、本書でわたしが「なるほど!」と思ったのはお金の話である。

「戦闘機のアフターバーナーを焚くと、ドラム缶五本ぶんの燃料が六十秒かそこらで消える」。

ウィキによると、F35って、一機87億とか116億とかするらしく、地上に留まってる姿も「お高いんですのね!」なのだが飛行する光景は「ああ、この瞬間も、金がざぶざぶ消えていく・・・」。

令和の今、愛や思想に「モッタイナイ」は勝つ。で、こういうお台所事情をきちんと書いているからこそ、易永が陥った状態が読んでいてすごく染みた。残念だが、彼は六十秒ドラム缶五本分に値しなくなるのである。

でも、だからこそ、「自分は戦闘機に乗りたいだけ」というあまりにもあっけらかんとした情熱と冒頭の走るシーンがさわやかに全体を覆っているのが光り、過酷な運命がふりかかっても嫌なかんじを引きずらない。

で、本書は三島由紀夫の「豊饒の海」四部作の、『天人五衰』へのオマージュになっている。

もちろん「それを読まないと『幽玄F』は楽しめないの?」ということはなく、三島という作家および『天人五衰』の知識なしでも本書は圧倒的迫力を読み手に残す。

ちなみに「豊饒の海」シリーズは、『春の雪』『奔馬』『暁の寺』『天人五衰』から成り、輪廻転生を描いている。私の考えでは、三島が若さを青春賛歌ではなく人間に与えられた罰みたいに描いているのが読みどころ。そして、翼のない人間が空を見上げて自由を夢見ることが、ほほえましさや希望ではなく、あらかじめ神から与えられた罰のように描かれているのが『幽玄F』なのである。

三島のスピリットは、たしかに受け継がれた。
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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