【第247回】間室道子の本棚 『あなたが誰かを殺した』東野圭吾/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『あなたが誰かを殺した』
東野圭吾/講談社
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「東野圭吾 ミーツ アガサ・クリスティー!」と叫びたくなった、刑事・加賀恭一郎シリーズの最新作。

加賀は『新参者』以降の数作で日本橋周辺を歩き回り、買い食いしたり、七福神をまわったり船に乗り込み川にかかる橋を確認したりしながら事件を解決してきた。ようするに「足が命」。ところが本作の彼の居場所の大半は「ホテルの会議室のホワイトボードの前」なのである!

狭いコミュニティ、閉じた空間。そこにいる人々に観察眼を走らせ、相手の話を聞きながら推理をめぐらせるさまは、往年のクリスティー作品をほうふつとさせる。

山間の高級別荘地である夜殺人事件が起きる。親しくしている四つの家の人々と関係者がパーティに集まり、解散後に凶行が起きたのだ。犠牲者の人数がすごい。ここでも一人、こちらで二人という展開に、ミステリーとは恐怖を描くジャンルなのだ、とあらためて思い知った。

で、早い段階で若い男が自首する。やり方はいわゆる劇場型。いつ、どこで、誰に、どのように自分の犯行だと明かすか演出しまくり。「ああ、君って注目されたかったんだね」がすごくわかる。でも犯行のさまと動機は昨今のニュースでよく見るものだ。奴は特別感を出したつもりかもしれぬが、作中の世間および現実の読者であるわれわれには「またか」がぬぐえない。

で、ほんとうの意味での「特別」はここから。

なんと犯人が詳細をしゃべらない。加賀によれば、ふつう自首した被疑者は協力的。殺人実行時の精神状態は異常で無我夢中だったとしても、取り調べを受けながらいろいろと思い出し、「ぼくの妥当性のあるストーリー」を聞いてもらいたがるもの。でもこいつはそうじゃない。遺された人々はなにもわからないままだ。さらなる展開はここから!

遺族の中に力を持つ人物がいて、自分たちで検証会を開こうではないか、と皆に呼び掛けたのである。場所は別荘地の近くのホテル。で、ひょんなことから長期休暇中の加賀がそこに参加。しかも司会に指名される。「安楽椅子探偵」ならぬ「ホワイトボード探偵」の誕生だ!

シリーズを読んでいる人は、ああ、と思い出すだろうし本文中でもふれられているけど加賀は元学校の先生である。既刊では教師のありかたや心情が吐露されてきたが、本作では「実技披露」が読みどころ。

彼はなにかを「教えてやる」ことはしない。検証会の面々が自分の頭を使って引き出したことをまとめ、視点をつけていく。10分休憩のあいだにあるものを用意するところなんざ、作中では「本職の刑事は違う」と声があがっていたけど私は「元教師は違う!」とうなった。よりよくわからせるための追加資料の準備はお手のもの。

注目は、「やるべきなのにやらなかったこと」と「しなくてもいいのにしたこと」。犯人、検証会の出席者、あの夜の被害者の区別なしに、加賀は静かにそれを追い、みんなにも沁み通らせる。彼は自分の考えていることが、できたらここにいるメンバーの口から出ればいいなと思っているのだ。なぜなら、その推理はあまりにも――。

さらなる注目は、ある人がラスト近くに言う、「たった今、俺は君に殺されたのかもしれないな」。この不吉で物騒なせりふは、ただならぬ愛の吐露とも取れるのだ。そう読み取るには作中の人間関係にどっぷりつかることが必要。この「ひたる感じ」も、古き良き英国ミステリーを思い起こさせる。

スリリングでゴージャスで、驚きに満ちた東野圭吾のあらたなる代表作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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