【第249回】間室道子の本棚 『どうしようもなく辛かったよ』朝霧咲/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『どうしようもなく辛かったよ』
朝霧咲/講談社
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いたいいたい、と思いながら読み進む。ぐさぐさ刺さるシーンのたび顔をあげ、気持ちをととのえて本にもどる。描かれるのは中学三年生女子の一年間だ。

「みんなと一緒にいると、楽しまなければ、という義務感で疲れが出る」
「停滞した部屋で、ただ呼吸だけをしている(中略) 息をしているつもりで死んでいく」
「無邪気な笑みの裏に、確かに好奇心と独占欲が疼いている」

いたいいたい、は、わかるわかるでもある。どの章も、できごと、行動はちがっても、通ってきた感情が同じなのだ。自意識過剰がもらたす高慢と、それと同じだけのもろさ。続かないとわかっているのに永遠を願う無邪気さ。妄想と紙一重の切実なる願望。帯に「これがZ世代の青春小説」とあるけど、あらゆる世代に沁み入る普遍的な十代のエッセンスがすくいとられていると思った。

今は、男だから、女だから、と言っちゃいけない時代になっているけど、私の考えでは「女子ならでは」はある。たとえば登場する七人はバレーボール部に所属していて、三年になった時点で後輩が一人もいない。彼女たちが二年の時、あるたくらみを実行したからだ。で、男子は部活をこういう方向にはつかわないと思うの。

いじめもでてくる。私の考えでは、男の子のいじめの話では、おおむね暴力、金銭の要求、屈辱的なことをさせるなどが描かれる。大きいのは誰ですか、上にいるのはどっちですか、という見せつけ。動物のオスがやってることとかわらないかんじ。でも女子たちは違う。

あるクラスではその日の「担当者」がひとりずつ、朝の早い時間、あるいは前日に居残りしてターゲットの椅子や机に画鋲を差す。適当にやる人、カタカナで「ブス」と描く人、いろいろだったが、ある娘が画鋲のポテンシャルを最大限に引き出すアーティスティックなことをやり、あまたの称賛を受け彼女はテレる。場面には「悪意」という言葉も出てくるんだけど、相手を痛めつけたいとか屈服させたいとかではない。もはや誰もターゲットを見ていない。自分と、仲良したちだけ。

女子たちのこのせまさが、いたましく見えてくるのが読みどころ。

もちろんしっぺ返しはある。策略家の女の子は家のトイレにこもり便器を抱えたままスマホで電話をかけ、ある人に愛をささやく。いつ吐くかわからないからこの体勢なのだ。彼女になにが?

ルールを破ることにとてつもない抵抗を感じて生きてきた子もいる。彼女はとくべつな日にもろもろを打ち破ろうとするのだ。でも――。

逃げおおせたようにみえる者もいる。あの人がそんなことを、に気づかれない子。でも書かれていないだけで、彼女には彼女のドラマがあったと信じたい。だって「十五歳を無傷で」。そんなの怖い。ミドルティーンの全能感にひびが入らぬまま少女がハイティーンになる。これはあやうい。

全五章の中に、「推し」にまつりあげられてしまった男の子の心情が書かれているものがあり興味深かった。「オス的カースト」ではない、男の子の透明感あふれるねじまがりもあるはずで、いろんな作家に書かれればいい、読みたい、と思う。心がしぼりあげられるようなストーリーが、「読むに堪えない」ではなく、本を手にした人の視界を広げてくれる。それが小説だ。

第17回小説現代長編新人賞受賞作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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