【第261回】間室道子の本棚 『2020年の恋人たち』島本理生/中公文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『2020年の恋人たち』
島本理生/中公文庫
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「永遠に作っては壊していく」――この一文がでてきたとき思った。本書の主役は東京である。

はじまりは2018年の春で、主人公の前原葵は32歳の会社員。物語の冒頭、母親が交通事故で亡くなる

周囲の都合のよいところだけを奪い、振り回すのが「愛」だと思っていた人。娘に対しても同じだった。お金持ちの愛人をしており、新宿の曙橋でワインバーを開いて成功させ、店の移転準備が進んでいた母――。葵にはその新しい千駄ヶ谷のバーが残された。

常連客だったコンサルタントの幸村、長くてきれいな指をしている部長、「スタッフ急募」に応募してきた松村、飲食店を紹介する有名雑誌の副編集長・瀬名、葵の同棲相手の港、近所で和食店を開いている海伊など、葵の周囲にはさまざまな男たちが登場する。年上もいれば年下もいる。既婚者、そして独身。おのおのが内側に抱えるのは葵への欲望、鬱屈、打ち明けていないこと、父性めいたもの、好奇心、信頼、そしておのおのが内側に抱えるのは葵への欲望、鬱屈、打ち明けていないこと、父性めいたもの、好奇心、信頼、そして・・・。

「果たして彼女は誰と結ばれるんでしょーか」的な話でないのがいいし、葵は俺のもの!というオス的取り合いが描かれないのもいい。注目は東京の描かれ方だ。

スタートの2018年といえば海外観光客が増え、さ来年は五輪だ、と希望に溢れ返っていたころ。でも情景はダークだ。

バーの窓ガラス越しに見える落雷の中の東京タワー、公共施設と大学に囲まれている千駄ヶ谷駅前の都心とは思えない暗さ、鬱蒼とした鳩の森八幡神社、北参道方面の明治神宮と首都高に遮断された道には月明かりさえとどかない。新宿や渋谷より光量をワントーンおさえたような午後六時半の六本木、骨を剥き出しにした生き物のように闇にうかびあがる建設中の新国立競技場の鉄骨。「バーの話で場面に夜が多いから」だけではない。ほの昏い行く末を暗示させるような街、そして葵と男たち。

面白いなあと思ったのは、田舎は人間関係が濃いけど東京では「広い」。誰かが誰かを知っているのだ。「盛岡の人の話を札幌で岐阜の人から聞く」というのはなんというかレアな感じだけど、葵は京都で横浜出身の女性と知り合い、ある人が恵比寿にいた頃の話を聞く。また千駄ヶ谷の新店オープンの日、自分が恋しかかっている男性が「浮いた噂の多い人」だと耳にする。

からみ、もつれ、時には駄目になる。でも彼女は閉じない。

2020年の、というタイトルから、誰もが「あのことはいつ?」と思うだろう。私達にそうであったように、あれはとつぜんふりかかる。2018年に想像されていた、高揚に満ちた五輪イヤーの東京はみる影もない。

でも葵は今、巨大な骨のように見えていた新国立競技場から別なものをイメージする。押し寄せる困難の大きさを暗示するようにも取れるけれど、私にはこれが希望のシーンに見えた。

作っては壊れるなら、壊れたらまた作ればいい。恋も、居場所も。すばらしい都市小説。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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