【第265回】間室道子の本棚 『うらはぐさ風土記』中島京子/集英社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『うらはぐさ風土記』
中島京子/集英社
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沙希は52歳。アメリカで夫と破局したうえに20年教えていたカリフォルニアの大学の学部が閉鎖、という憂き目にあっていたところ、母校である日本の大学から教員オファーが。

30年ぶりに帰国した彼女は、武蔵野の「うらはぐさ地区」の伯父の家(認知症で名古屋の病院に入院中)に一人住み、周囲の人々と交流を深めていく。このあたりは学生時代の思い出の地だ。でもよくある「青春の場所で中高年が己を再構築するええ話」ではない。

本書は異文化交流の話であり、異世代交流の話でもある。空き屋問題(「東京都には80万戸」という文がサラっと出てくる)や、労働([10年後には世界で8億の人が仕事を失う」という文章もサラッと出てくる)、多様性、消える商店街、貧困と給食、くわしくは言えない税金など、今の日本でまだまだ足りない、あるいはぜんぜんうまくいってないことが山ほどでてくる。私の心をもっとも打ったのは、本作が「戦争の話」でもあること。

沙希の教え子となった一年生の亀田マサミ、通称マーシーは、学園祭の弁論大会に出る。出場者は三人。最後に出て来たマーシーのテーマは「うらはぐさ地区の歴史」。彼女はスピーチの最中に倒れる。このあたりでなにがあったか、自分がこの大学でもっとも好きな古い講堂を設計した米国人建築家が第二次世界大戦中なにをしたか、調べてわかった史実をけんめいに伝えようとするあまり、過呼吸になって。

この場面でまず思ったのは、アメリカはよくこんな文書を残してたな、ということ。私の見方では「かなりヤバイ話」だ。でも戦勝国にとっては「冷静で合理的で誇らしい記録」なのかもしれない。いずれにしろ、書かなければ残らず、残らなければ伝わらない。いきなり戦争の資料に行くことはなかなかむずかしいから、著者の中島京子さんが小説のなかで取り上げたことは大きい。物語もまた、「書いて残るもの」だ。

50年も放置されていた道路拡張計画(=高度計再成長時代の、道を広げて車をガンガン走らせたらいいじゃん!という思想)に令和の今になっていきなり都がGOサイン、という事態もでてくるし、行政にはこんな半世紀にわたる宙ぶらりんが許される一方、周囲で誰かが死ぬと、お金どうする、家をどうする、をわれわれは三か月で決めねばならない(ネーミングは「熟慮期間」!)という状況も描かれる。

小説って、とつぜんふりかかる現実へのリハーサル的な枠割もある。社会派(!)の読み味がゆるやかに深く沁み込むとともに、本書のさらなる魅力は「生かされる話」であること。

お店って、店主とお客の結びつきだけでなく、通りに支えられている。生活って、仕事とプライベートと人間関係を考えがちだけど、物体としての部屋家屋および庭が私をラクに呼吸させてくれてる、と感じる人も多いはず。安易な「長らえる」じゃだめだ。新陳代謝は未来になってもイキイキ生きてるためにおこなわれるものなのである!

ただ無くす、手放すではなく、上手な遺し方、譲り方、仕舞い方はある。街にも、家にも、人生にも。そんな物語。おすすめ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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