【第271回】間室道子の本棚 『魔女の後悔』大沢在昌/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
* * * * * * * *
 
『魔女の後悔』
大沢在昌/文藝春秋
※画像をクリックすると購入ページへ遷移します。
 
* * * * * * * *
 
初対面の男の性格から性癖までを一目で見抜く女・水原が活躍するシリーズの最新作。既刊を手にとらずにいきなりこの四作目から読んだ。まあ面白い。さすが大沢在昌先生である。

シリーズものをたくさん抱えている先生は、読者に”『魔女の笑窪』『魔女の盟約』『魔女の封印』を読んでからね!”と言ってもハードル高いだろう、とわかっておられるのだ。だから本書からでも大丈夫なように、人間関係やキャラクターの核心をバチっと書いている。一行でこれをやる。

たとえば公安あがりで今は国家安全保障局にいる湯浅。この男は、「いつでもどこでも誰に対しても爽やかな顔で嘘をつける」。

一時水原に殺意を抱いていたが、殺すより惚れることにした不動産会社の若き社長タカシが彼女について、「この人は俺の保護者、片想いの相手、人生の先生」。

作者の腕が水原の力と重なる。一瞥で相手の本性を掴む主人公の話で書き手がもったいぶったり出し惜しみしたり逆にだらだら説明したりはダメ。かっ捌くように描き、ここが肝!をさらす。大沢先生も水原もかっこいい!

人の運命や生死について、ネタバレ!?と思うようなこともサラリと書いてあり、これがまたすごくて、「じゃあ彼は最初どんなふうに出てきたんだろう?」「こんなドラマチックな過去をまるまる読める一冊があるのだな」と既刊への吸引作用がハンパない。『後悔』を堪能した私は前作三つを入手し、一気読みしたのである!!

そこでわかったのは本作の特徴。今までで一番多くの女性が出てくる。そして「結局男の庇護や愛を求めてました」にならないハードコアぞろい。いわば魔女大集合。

まずは主人公の水原だ。彼女は14歳のときに、”やがて死ぬ、死ななければ頭と体の両方がぶっ壊れる”という地獄に送り込まれ、24歳で脱出。それから十数年、今は麻布台に事務所を構え、アンダーワールドのコンサルタントをしている。京都の浄寂院の庵主で現在80代半ば、やくざの組長の経歴を持つ浄景尼や、元男性警察官で性転換手術を受け(本人曰く「工事済み」)、私立探偵をしている星川も登場。このへんが常連「魔女」。

本書のキーパーソンは十三歳の本田由乃(ゆの)だ。この子を自分の寺まで連れてきてほしい、と浄景尼から電話がくるシーンから物語は始まる。フツーの中二女子ならプロ中のプロである水原のボディガードなんかいらない。父親は死に、母親は末期癌でホスピスにいるという本田家。その裏に、なにが?

この由乃がすばらしい。肝っ玉がすわっている。水原も相棒・星川も惚れ込む。とくに水原が、不思議なくらい気持ちを持っていかれている。少女も心をあずける。

いったん訪れる別れの場面がいい。ふつうは抱き合うか握手だろう。だが水原と由乃は横並びで、前を向いたまま手を握り合う。ハグや握手って、自分と相手しか見えない状態だ。でもふたりは同じ方向を向き、つながってる。今後を暗示するシーンである。

そしてなんといっても水原&星川コンビの丁々発止!ハードボイルドにオトコの生きざまとか義理人情とかを求めている人は「マジメにやれ!」と言いたくなるだろうが、彼女らのおしゃべりが物語を救っている。

たとえば浅草で、シャークスキン、ラッパー、アロハ姿のちんぴら三人組が襲ってくるのだが、もちろん瞬時に制圧。奴らが持っていたのはシャークが匕首、ラッパーがナイフ、アロハに至っては千枚通しだった。水原が言う。「あんたタコ焼きでも焼いてたの」。

このあと千枚通しを手にした水原は、ためらいなくあることをする。実行は耳、脅しは目。ただ書いたら残酷でしかない場面をタコ焼き発言が軽くしている。

ジョークは彼女たち自身の前進も手助けする。バターとメイプルシロップたっぷりのパンケーキを前に、ダイエットの苦労を無駄にする気?と声をあげる水原に、星川が「人生は破壊と創造だよ」と返す時のトーン。一見ボディメイクの話。だが星川にはある人物との別れが迫っているのだ。

最大の読みどころは、今回起きた事件には複数の因果が絡み合っており、私は過去に復讐されている、と自分を責める水原に浄景尼が向けた一言だ。「昔に仕返しされる、いうんは、生きられたからこそや」。

『魔女の後悔』、このタイトルが、水原は生きている!という宣言みたいに思えてくる。

ちょっとニュアンス違うかもしれないけど、ここで宮部みゆきさんの作品にでてくるフレーズを思い出した。「どんなに遠くに捨てて来たとしても、真実は、かならずおうちを見つけて戻ってくる」という一文だ。

本書は水原とともに、少女・由乃が、いるべきおうちをみつける物語である。次作がまちどおしい!  
 
* * * * * * * *
 
(Yahoo!ショッピングへ遷移します)
 
 
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

SHARE

一覧に戻る