【第273回】間室道子の本棚 『私の身体を生きる』文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『私の身体を生きる』
西加奈子 村田沙耶香 金原ひとみ 島本理生 藤野可織 鈴木涼美 千早茜 朝吹真理子 エリイ 能町みね子 李琴峰 山下紘加 鳥飼茜 柴崎友香 宇佐見りん 藤原麻里菜 児玉雨子/文藝春秋
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先日テレビで男性芸人さんたちが子育ての話をしていた。40代はじめにパパになった彼らは現在40代半ばで、お子さんは2~3歳。推定12~13キロ。抱っこが続かずすぐに下ろしてしまう。で、ひとりが「オスとしてヘコむ」とうなだれていた。

でも女性は同じ状況で「メスとしてヘコむ」とは言わないよな、と思ったのである。もし言うなら、「母として」ではないか。

抱っこが持続しないのも、母乳の出が悪いのも、子供がなかなか泣き止まないのも「母としてなさけない」という子育て女性の声を、ネットやリアルで見るし聞く。

じゃあ男性はラクラクかというとそうではなく、腕力脚力耐久力などで他のパパより劣った時、無意識なのだろうけど妻から、そして被害妄想っぽいけど生後数か月の赤ん坊から(!?)向けられる、なんともいえない目・・・という項垂れがちらほら。わたしの考えでは、わが国では令和6年の今も、男は「力」を、女は「愛」を、はかりにかけられながら生きている。

さて、本書は女性/女性として生きる作家が体と向き合ったエッセイ集。気鋭ぞろいで、「母として」や「愛」を落としどころに組まれた文章はひとつもない。「メス」もない。(宇佐見りんさんのに一回だけ、人間ではなく雌の「いたち」がでてくる)

わたしはこの手の本を読む時、頭の中で「男性」を並走させる。深まる気がするからだ。

柴崎友香さんは、エッセイの依頼を受けたあと、編集者と直接会って話したと書いている。「確かめたかったのは、なぜ書き手の性別を限っているかだった」とあり、「女性が自ら身体や性について自分の言葉で語ることは長らく抑圧されてきたが、一方で、身体や性について説明や理由を求められるのも、女性や性的マイノリティの側である」と続き、考えさせられた。

たしかに女性たち、性的マイノリティの人たちが書いた本ってたくさんある。だが一方抑圧されてもいないのに、男性作家が身体や性について自分の言葉で語った本って思い浮かばない。わたしの経験では、男たちの「俺の身体と性」って、それこそ「オスとしてこうあるべき」のお手本、あこがれみたいなものしか読んだことがないのだ。豊富なのは、活字ではなく漫画の世界だ。

自分の性にうんざりしている、クラスで人気の女の子に毎晩口では言えないような妄想をしている、僕は頭がおかしいんじゃないかと思う、まずいシーンを女子に見られた、性器をちょんぎってしまいたい、と少年や青年が生々しく生や肉体と対峙した作品は漫画にはいっぱいある。

閑話休題、鈴木涼美さんは電車で初めて痴漢にあった時のことを書いている。彼女はその時中二で、「少なくとも自分の大切にしているものが傷つけられたという感覚はなかった」とあり、「母の大切にしているものを、自分の不注意で壊してしまった時のような、じんわりした後ろめたさで落ち着かない。今思えばこの時点で私の身体は未だ、私のものであるよりは母のものだったのかもしれない」と重ねている。

十代半ばの自分もそうだった、と思う女性は多いかもしれないし、私はそうではないけど鈴木さんがそう思ったのはわかる、という人もいると思う。でも十四歳男子で「自分の身体は母親のもの」と位置付けている子はおそらくいない。「父のものだ」もないだろう。少年たちはいつ、僕の身体は僕のもの、と決めることができたんだろう。

ほかに、「私の外見の主体はいつだって、私以外だった」と書く島本理生さん、赤ん坊に「精子、という一匹と共に私の身体から派生している新しい目玉、爪、内臓、声」というまなざしをおくるエリイさん。

そしてわたしがさっき書いた、「この手のものは、男性を並走させながら読むの」というカッコつけ、自分よがりを木っ端みじんにしたのが能町みね子さん。数行読むたび立ち止まり、はあはあ言い、深呼吸が必要になった。「私は多様性の材料ではない」という一行は、なんど読み返してもわたしの心臓をにぎりつぶす。わかってなさを圧倒する。

十七人が身を引きちぎるようにして書いた本書。男性/男性として生きる作家たちの刊行を求む。  
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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