【第274回】間室道子の本棚 『わからない』岸本佐知子/白水社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『わからない』
岸本佐知子/白水社
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翻訳家でエッセイストとしても大人気の岸本佐知子さんの、単行本未収録を集めたエッセイ集。タイトルだけ聞いてとっさに思ったのは、ソフト仏教と書道。
おしまいに「ない」がつくもの(なやまない、もとめない、とらわれない、などなど)は、やわらかめの仏教やありがたい言葉を墨で数行書く方々の書籍名に多い印象なのだ。私の考えでは、「あなたはそれでいいんだよ系」。
閑話休題、『わからない』を読んで、「わかる!」と思った。子供の頃の幼稚園に行きたくない気持ちやテレビのオカルト番組を食い入るように見ていた体感は「私も!」だし、持っていないけれど「福助のエルメス」はあるある。猫を飼ったことはないが「猫の松葉杖」がしみまくる。
同じ経験をしている/していないが、「わかる」「わからない」のわかれ目ではないのだ。じゃあ、なにが「わかる」のか。それは、地球上からの足の踏み外しかただ
セレブやIT社長のように(もう古いか)インスタ上げまくりのノリノリイケイケ(相当古い)で世間を渡っているのでも、この世に居場所なんてない、と閉じて籠ってわけでもない。自立し、仕事をし、税金を払い、外出して友人たちと会い、でも片方だけ地に足がついてない。
本書のあちこちに、岸本さんのこの片足ぶらぶら感がちりばめられている。いちばんダイレクトな言葉がでてくるのは、Ⅱ「本と人」コーナーに収録の、池上彰さんの『なるほど! 日本経済早わかり』の書評。「この本に難点があるとすれば、本当に経済がわかってしまいそうになる、ということだ」とあり、こう続く。「わかってしまうことは、どこか怖い」。
おお、そうよ、そのとおりよ!世界とわが国の経済を全わかりして毎日を送る。い、息ができなそう。
岸本作品の装幀といえばこの方々!であるクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さん、吉田浩美さんが今回もすばらしく、表紙カバー裏では、「わからない」がそっとこちらをうかがっている。カバーをはずした裏表紙ではひっくりかえっている。
さらに表紙の絵。しゃもじ?白いイチョウ?バルタン星人の移動?(YouTubeで「ウルトラマン」「侵略者を撃て」で検索すると出てきます)と思っていたのだが、本書の読後は巨大なクエスチョンマークの行進に見えてきた。
「わからないものはわかるようにしなければ」ではなく、半身やさかさの視点のまま、世界とつきあう。冒頭にあげた、やわらか仏教や書道の方々の書籍タイトルは、読者甘やかしじゃなく覚悟の突きつけだと気づいた。だって、「あなたはそのままで、なやまず、もとめず、とらわれずに、道を行け」と説く。おお、かなりのハードコア人生。
そしてキシモト・ワールドの、片足だけ宙に浮かせて生きてるかんじ。不安にまさる自由が、ここにある。
おしまいに「ない」がつくもの(なやまない、もとめない、とらわれない、などなど)は、やわらかめの仏教やありがたい言葉を墨で数行書く方々の書籍名に多い印象なのだ。私の考えでは、「あなたはそれでいいんだよ系」。
閑話休題、『わからない』を読んで、「わかる!」と思った。子供の頃の幼稚園に行きたくない気持ちやテレビのオカルト番組を食い入るように見ていた体感は「私も!」だし、持っていないけれど「福助のエルメス」はあるある。猫を飼ったことはないが「猫の松葉杖」がしみまくる。
同じ経験をしている/していないが、「わかる」「わからない」のわかれ目ではないのだ。じゃあ、なにが「わかる」のか。それは、地球上からの足の踏み外しかただ
セレブやIT社長のように(もう古いか)インスタ上げまくりのノリノリイケイケ(相当古い)で世間を渡っているのでも、この世に居場所なんてない、と閉じて籠ってわけでもない。自立し、仕事をし、税金を払い、外出して友人たちと会い、でも片方だけ地に足がついてない。
本書のあちこちに、岸本さんのこの片足ぶらぶら感がちりばめられている。いちばんダイレクトな言葉がでてくるのは、Ⅱ「本と人」コーナーに収録の、池上彰さんの『なるほど! 日本経済早わかり』の書評。「この本に難点があるとすれば、本当に経済がわかってしまいそうになる、ということだ」とあり、こう続く。「わかってしまうことは、どこか怖い」。
おお、そうよ、そのとおりよ!世界とわが国の経済を全わかりして毎日を送る。い、息ができなそう。
岸本作品の装幀といえばこの方々!であるクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さん、吉田浩美さんが今回もすばらしく、表紙カバー裏では、「わからない」がそっとこちらをうかがっている。カバーをはずした裏表紙ではひっくりかえっている。
さらに表紙の絵。しゃもじ?白いイチョウ?バルタン星人の移動?(YouTubeで「ウルトラマン」「侵略者を撃て」で検索すると出てきます)と思っていたのだが、本書の読後は巨大なクエスチョンマークの行進に見えてきた。
「わからないものはわかるようにしなければ」ではなく、半身やさかさの視点のまま、世界とつきあう。冒頭にあげた、やわらか仏教や書道の方々の書籍タイトルは、読者甘やかしじゃなく覚悟の突きつけだと気づいた。だって、「あなたはそのままで、なやまず、もとめず、とらわれずに、道を行け」と説く。おお、かなりのハードコア人生。
そしてキシモト・ワールドの、片足だけ宙に浮かせて生きてるかんじ。不安にまさる自由が、ここにある。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。