【第275回】間室道子の本棚 『女彫刻家』ミネット・ウォルターズ 成川裕子訳/創元推理文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『女彫刻家』
ミネット・ウォルターズ 成川裕子訳/創元推理文庫社
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「塀の中の怪物」に会いにいくミステリーって好きだ。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』、櫛木理宇さんの『死刑にいたる病』、柚木麻子さんの『BUTTER』などが有名で、テレビドラマ『相棒』にもある。
「二十四人殺しました」とか「犯人の異常な嗜好」とかとうらはらに、登場する「怪物」たちは、インテリジェンスに満ちていたりやさしげなお兄さんめいていたりフツーの中年女性に見えたり女王様然としていたりする。叫び続けてよだれをたらして目の玉ひんむいて、というのは名作には出てこない。
面会に行く人の立場や理由もさまざまで、捜査側が被告になんらかの取引を持ち掛けに行く場合もあれば、受刑者から一般市民に「あなたに会いたい」と手紙が来るケースもある。いずれにしろ主人公たちは刑務所や拘置所に出向く。「あの人に、ほかでもないこの私が」。プライドと好奇心が怖れをねじ伏せる。怪物は、魅力的なのだ。
前置きが長くなったが、本書はこのテーマの大傑作でめでたく復刊された。舞台は八十年代後半の英国。「中」にいるのはオリーヴ・マーティン。どえらい事件を起こし、すべてを自分がやったと認めて服役中。身長百八十センチ、体重百六十五キロ越えの巨体。ブロンドの髪は汚れてべったり頭にはりつき、脇の下には黒い汗じみ。
「外」からやってくるのは三十六歳のフリーライター、ロザリンド(ロズ)・リー。あるできごとから世捨て人みたいになっていたのだが、エージェントに「これを書かないと編集者から契約を打ち切られるわよ」とオドされ事件ルポの執筆を引き受ける。そしてなにより、あまたの取材を断り続けていたオリーヴが、なぜかロズの申請書にOKを出した――。
現在彼女は二十八歳。五年前の自分の誕生日に自宅でお母さんと妹を殺し、死体をがんがん切断。疲れ果てて途中でやめちゃった。で、このままではいけないと思いそれらを元に戻そうとしたの。でもパニックを起こしていたから母の頭を妹の胴体にくっつけちゃったかも。
こんな女にインタビューせねばならない緊張と「書かねば」のプレッシャーから面会室でおかしくなってしまうロズに、オリーヴが一言放つ。その声は、深く、教養あるものだった。
ロズはジャーナリストとしての自分を取り戻していく。事件について、いつ、どこで、なにを、誰が、は報道されまくった。だが手をつけられていないものがある。それは「なぜ」。
自白があったもんだから、なんだかみんなそれで安心しちゃって動機の追及がおろそかに。確実なのは「どこで」=「犯行現場は家」だけ。「なぜ」がわからないということは、「あの日なにが」もハッキリしてないんだし、「いつ」も揺らぐ。そして、「誰が」も・・・?
オリーヴという圧巻の存在がロズと私たちをぐいぐいひっぱり、エピローグまでつれて行く。これをどう取るかは読み手しだい。そもそもミステリーの読み味って、「無実だったんだね、拍手しましょう」「悪じゃん。つるしあげろ!」の二択で決めていくもんじゃない。 本を閉じたあともオリーヴは私を引き付け続ける。彼女から今、「会いたい」と言われたら、皆さんあらがえます?私は・・・!
「二十四人殺しました」とか「犯人の異常な嗜好」とかとうらはらに、登場する「怪物」たちは、インテリジェンスに満ちていたりやさしげなお兄さんめいていたりフツーの中年女性に見えたり女王様然としていたりする。叫び続けてよだれをたらして目の玉ひんむいて、というのは名作には出てこない。
面会に行く人の立場や理由もさまざまで、捜査側が被告になんらかの取引を持ち掛けに行く場合もあれば、受刑者から一般市民に「あなたに会いたい」と手紙が来るケースもある。いずれにしろ主人公たちは刑務所や拘置所に出向く。「あの人に、ほかでもないこの私が」。プライドと好奇心が怖れをねじ伏せる。怪物は、魅力的なのだ。
前置きが長くなったが、本書はこのテーマの大傑作でめでたく復刊された。舞台は八十年代後半の英国。「中」にいるのはオリーヴ・マーティン。どえらい事件を起こし、すべてを自分がやったと認めて服役中。身長百八十センチ、体重百六十五キロ越えの巨体。ブロンドの髪は汚れてべったり頭にはりつき、脇の下には黒い汗じみ。
「外」からやってくるのは三十六歳のフリーライター、ロザリンド(ロズ)・リー。あるできごとから世捨て人みたいになっていたのだが、エージェントに「これを書かないと編集者から契約を打ち切られるわよ」とオドされ事件ルポの執筆を引き受ける。そしてなにより、あまたの取材を断り続けていたオリーヴが、なぜかロズの申請書にOKを出した――。
現在彼女は二十八歳。五年前の自分の誕生日に自宅でお母さんと妹を殺し、死体をがんがん切断。疲れ果てて途中でやめちゃった。で、このままではいけないと思いそれらを元に戻そうとしたの。でもパニックを起こしていたから母の頭を妹の胴体にくっつけちゃったかも。
こんな女にインタビューせねばならない緊張と「書かねば」のプレッシャーから面会室でおかしくなってしまうロズに、オリーヴが一言放つ。その声は、深く、教養あるものだった。
ロズはジャーナリストとしての自分を取り戻していく。事件について、いつ、どこで、なにを、誰が、は報道されまくった。だが手をつけられていないものがある。それは「なぜ」。
自白があったもんだから、なんだかみんなそれで安心しちゃって動機の追及がおろそかに。確実なのは「どこで」=「犯行現場は家」だけ。「なぜ」がわからないということは、「あの日なにが」もハッキリしてないんだし、「いつ」も揺らぐ。そして、「誰が」も・・・?
オリーヴという圧巻の存在がロズと私たちをぐいぐいひっぱり、エピローグまでつれて行く。これをどう取るかは読み手しだい。そもそもミステリーの読み味って、「無実だったんだね、拍手しましょう」「悪じゃん。つるしあげろ!」の二択で決めていくもんじゃない。 本を閉じたあともオリーヴは私を引き付け続ける。彼女から今、「会いたい」と言われたら、皆さんあらがえます?私は・・・!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。