【第278回】間室道子の本棚 『身代りの女』シャロン・ボルトン 川副智子訳/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『身代りの女』
シャロン・ボルトン 川副智子訳/新潮文庫
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登場するのは大学入学試験の結果を待っている十代の男女三人ずつ、合計六人のグループ。成績優秀で学内のステイタスもあり、自分たちは選ばれし存在、輝かしさは永遠に、と信じていた者たち。

だが発表前日の夜、未来は木っ端みじんになる。全員で招いた大惨事。でもまだバレてない。そんな中、女子のひとり、メーガン(メグ)が、わたしだけがやったことにすればいい、と言い出した。条件は、「あなたたち全員はそれぞれ一つずつ義務を負う。なんであれ、いつでも、わたしが求めればそれを果たす」。

ママを殺せと言われたら従わなきゃならないの?と女の子の一人が聞く。ティーン感丸出しの子供じみた発言と思う人もいるかもしれないが、この娘にとっては冷静な詰めごとだ。そして約束が鍵を握るミステリーでは、些細だがのちに効いてきそうな「こういう場合はどうなる!?」を作者が読者の先回りをして一個一個つぶしてるのが読みどころ。それが説得力とリアルなスリルになる。閑話休題、もちろんメーガンには大事な五回のうちの一回を、くだらないことに使うつもりはない。

実はメグにはみんなと違っていることがいろいろあった。「あなたたちがグループに入れてくれたのは、わたしが生徒代表だからでしょ(そう、彼女は誰よりも優秀だ)。でも、わたしがあなたたちの仲間だったことはただの一度もないのよね」と五人を前に言い放つ彼女の最後の言葉は、「わたしを忘れないで」。去り行く手には、彼らから得た「将来の切り札」。

夜が明け、ことがあきらかになり、すぐさま大人たちがからんだ結果、メグには自身の予想を超えたものが降りかかる。

そして二十年。彼女は帰ってきた。

五人の心情で読むか、メグの立場で読むかで味が違ってくる作品。前者なら恐怖小説、後者ならリベンジものになるだろう。私は後者で、行け行け、メーガン、もっとやれ!と思っていた。なにせ彼女が去った直後から、みんながやらかす裏切り行為。さらに「義務」はうっちゃられ、”メグがふたたび町に”の際、五人で集まったバーで使われた言葉は、「彼女は奪う」「もぎ取る」。そして練られるメーガン対策。

しかしメグは間抜けとは無縁の人間。さっき「自身の予想を超えた」と書いたが、はじまりの夜から二十年、理不尽に背負わされたもの、旧友と再び会う時のシチュエーション、彼らのしそうなこと、心の動き。彼女に考える時間は十分すぎるほどあった。用意周到、準備万端。

「ママを殺せって言われたら」を紹介したけどもうそんなもんじゃない。三十代後半になった五人は各々が得意とする分野で成功していたが、私の考えでは、メーガンはどれでももっとうまくやれるだろう(じっさい再会してすぐ、一人の難儀を救ってやった)。彼女は彼らの、「それだけはかんべんして」に当たるものを見抜き、そして――。

原題はシンプルに「The Pact」=協定。身代りの女は借りを返してもらえるのか?

読後、メーガンの「わたしがあなたたちの仲間だったことはただの一度もない」という言葉がよみがえり、沁みた。本書は、”これでほんとうの仲間に”と賭けに出た少女の話かもしれないな、と思うと切ない。クールでクレバーなメグ。でも彼女はあの時、十八歳だったのだ。

ラストは賛否両論だろうけど、とにかくすごい作品。おすすめ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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