【第282回】間室道子の本棚 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ/新潮文庫

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
ブレイディみかこ/新潮文庫
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あたりまえだが未読の本は山ほどある。その中で、「読んでいていいはずなのになぜか手を出さずに来た作品」というのがエアポケットみたいに発生する。最近では『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がそうだった。

このたびシリーズの2が文庫化され、当店の宮台由美子が巻末解説を担当。めでたい。記念に(!?)まず2を読んでみた。面白かった!ほんとにどうして私はこれをスルー?と思いつつ1も読んだ。すばらしかった!!

ブレイディさんファンは「累計120万部超えのベストセラーだよ、もういまさらセツメイ不要だよ!」とおっしゃると思うが、シリーズに登場するのは福岡出身の「わたし」と、「配偶者」とシンプルすぎる呼び方をされ続けるアイルランド人の夫、そして息子さんである。

1は、市内の小学校ランキングで1位に輝くカトリックの公立校に入り、生徒会長まで務めた息子さんが、中学校どうしよう、となってる場面が冒頭。

カトリック校は、「わたし」たちが住む一般的に「荒れてる地域」と呼ばれる元公営住宅地と隣接する高級エリア、この二つの教区のためにつくられた学校だった。通っている子たちは圧倒的に後者が多く、親御さんたちおよび校風はコンサバ、裕福、教育熱心。よってほぼ100パーが同じカトリックの中学に行く。息子さんはバス通学になるけどそこなら多くの友達とさよならしなくてすむし、なにしろ市内中学ランキングでも1位のところだ!

だが、申し込み締め切り直前、彼は近所にある「元底辺中学校」に行く、と言った。

「とりわけ仲のいいクラスメートがそこに行くから」だそうけど、私の考えでは、プラスアルファとして「母ちゃんの熱」が作用したんじゃないか。

もちろんティーンに足を踏み入れようとしている男の子(英国の中学は11歳から16歳まで。当時の息子さんは10歳)はもう「ママが好きそうだから」でモノゴトを決めたりしない。そして彼は前出のように、ええとこの坊ちゃん嬢ちゃんをぶっちぎって生徒会長になられたお方。優秀、まじめ、分別あり。

で、これまた私の考えでは、息子さんは「わたし」のことを、人間的に面白いと思っているのだろう。もちろん父ちゃんである配偶者さんのことも。父母をATM,食事運搬人みたいに考えてる、あるいはなんの期待もできずに絶望してる、そんな少年少女も多い中、「親に人間として興味がある」。そういう空気が彼にはある。

もちろん「わたし」は「おすすめはこちら」など一切言っていない。でも「元底辺中学」見学会後、母ちゃんからにじみ出る地熱。この人がこんなふうになるって、と息子さんは感じ入るところがあったんだと思うの。

一方の「わたし」は、「元底辺」にココロわし掴みにされてる自分を見る我が子を「妙に醒めた目つき」「冷ややかな眼差し」と書いている。でもおそらく彼の目は批判じゃなく、冷静なだけ。前記のように息子さんはたいへんに頭がいい。それは「見通しを持っている」ということだ。

親子はカトリックの中学も見に行ったんだけど、私の考えでは、「こちらに進学したら、自分はこうなる、そしてその先はこう」というのが、彼には見えちゃったのだろう。いい大学、いい就職、いい結婚、いい墓石。でも母ちゃんが目の玉ランランになってる近所の中学は、見学会の場面の一部を紹介しますと――

廊下にセックス・ピストルズのアルバム・ジャケットが飾られ、学内にはレコーディング・スタジオ。先生も生徒も見学者にがんがん話しかけてくる。そして音楽部のエキシビジョンとして披露されたのは、人数と楽器の数が多すぎてうまいのか下手なのかよくわからないけど勢いだけはあり、バラバラなのに一丸となってる「アップタウン・ファンク」(マーク・ロンソン ft. ブルーノ・マーズでございます)

「音楽好きの人だから気に入っちゃうんでしょー」ではおさまらない。最大のナゾは、ここはかつて市内の中学ランキングの下位常連だった。でも今どういうわけか、真ん中あたりまで浮上してきてる。何がそうさせたか。

ここまでお読みになられておわかりであろう。この私も「元底辺中学校」に夢中なのだ!ブレイディみかこ作品の重要なテイストは「共感」であるが、述べるのではなく「体感させる」。まったく、なんという本!

ここまでで、1のほんの29ページ。このあと息子さんの中学生活と、親として同時体験していく一年半が描かれ、2ではその続きがリポートされる。1と2の読み味の違いなどは、「間室道子の本棚」、次回に続きます!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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