【第286回】間室道子の本棚 『十字路の探偵』吉田篤弘/春陽堂書店
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『十字路の探偵』
吉田篤弘/春陽堂書店
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テレビドラマ『相棒』の、水谷豊扮する”和製シャーロック・ホームズ”杉下右京警部は「杉下が歩けば事件に当たる」と言われている。また、さまざまな小説や映画の、ホテル宿泊やパーティのシーンで客の一人が探偵だとわかると、「だったら今夜、ここで殺人事件が起きるかもしれませんね」と軽口を叩く者が出る。ある著名人の、「目的を発信すると、それに必要なものがそろってくる」という言葉もある。名探偵が「目的」であるなら、「必要なもの」、それは被害者と犯人。
というわけで謎解き名人は異様なまでに事件に遭遇する。ミス・マープルしかり、コナン君しかり。本書『十字路の探偵』に登場するのは、除夜一郎。昭和の白黒映画スターふうの名前を持つ敏腕探偵だ。彼はそうした自分の性質に倦んでいた。有名探偵の外套を脱ぎ捨て、一市民として暮らしたい。でも依頼を断りさすらいの旅に出れば、たまたま泊まった旅館の女将と複数の「謎の死」との関わりを見抜いちゃったりする。
街に戻り、行きつけのバーで呑む彼に常連客が言う。「あなたが本当に優れた探偵であるなら、誰かが命を落とす前に事件の謎を解くべきではないですか?」 店のマダムも言う「そうね、大事なのは人の命であって、優れた推理ではないもの」。
というわけで、除夜一郎は、起きる前に事件を解決する、前代未聞の探偵になったのである!
読みどころは連鎖だ。目的と、必要なもの。なにかがあらわれれば、なにかが召喚される。
二年ほど前に娘さんを亡くした時計屋(探偵の下宿先)の主人は、除夜が助け、連れて来た二十歳のミサキを前に、瞬時に父親の威厳と慈悲の顔つきを取り戻す。そして、なにものかに追われている彼女に、かつての娘の部屋を提供してやるのだ。
これにより、引き出しの中の忘れられた遮光眼鏡に、それを掛けるのにぴったりの女性の顔がふたたび提供された。顔がやってきたので、眼鏡の存在が呼び覚まされたのかもしれない。目的と必要なものは、時にニワトリと卵。
さらに、下巻とおぼしき本には必ず上巻がある。同行したミサキに堂々「助手です」と宣言されれば除夜はつい同意する。かくしてコンビの誕生だ!ふたりはある場所にあらわれ続けるアルファベットの謎を追うことになる。
吉田篤弘さんの作品と言えば、私の考えでは、遠くて近い、近くて遠いという横の距離がキイであった。今回はそれが縦になる。つまり、見上げる、見下ろす。握手やハグできるeye to eye、face to faceの対面ではなく、出会う時、自分は必ず相手を見下ろすかたちになっている人物の孤独が、事件の鍵を握る。また、十字路の「十」は、少し傾けると「X」または「バッテン」。謎の人物や地点に使われる文字になる。各話の登場人物たちの、まっすぐな、あるいは斜めの交差に乞うご期待。
除夜&ミサキとともに読後私が考えたのは、「お話の終わり」ということだ。読書の終了なら「今日はここまで」と本を閉じた時。一冊のエンドであれば最終ページ。
でもそのあと、「これ面白いよ」とおしゃべりしたくなる。反応してくれた人がその書を開けば、お話は続く。手から手へ、心から心へ。
だから私はこの書評を書いた。
というわけで謎解き名人は異様なまでに事件に遭遇する。ミス・マープルしかり、コナン君しかり。本書『十字路の探偵』に登場するのは、除夜一郎。昭和の白黒映画スターふうの名前を持つ敏腕探偵だ。彼はそうした自分の性質に倦んでいた。有名探偵の外套を脱ぎ捨て、一市民として暮らしたい。でも依頼を断りさすらいの旅に出れば、たまたま泊まった旅館の女将と複数の「謎の死」との関わりを見抜いちゃったりする。
街に戻り、行きつけのバーで呑む彼に常連客が言う。「あなたが本当に優れた探偵であるなら、誰かが命を落とす前に事件の謎を解くべきではないですか?」 店のマダムも言う「そうね、大事なのは人の命であって、優れた推理ではないもの」。
というわけで、除夜一郎は、起きる前に事件を解決する、前代未聞の探偵になったのである!
読みどころは連鎖だ。目的と、必要なもの。なにかがあらわれれば、なにかが召喚される。
二年ほど前に娘さんを亡くした時計屋(探偵の下宿先)の主人は、除夜が助け、連れて来た二十歳のミサキを前に、瞬時に父親の威厳と慈悲の顔つきを取り戻す。そして、なにものかに追われている彼女に、かつての娘の部屋を提供してやるのだ。
これにより、引き出しの中の忘れられた遮光眼鏡に、それを掛けるのにぴったりの女性の顔がふたたび提供された。顔がやってきたので、眼鏡の存在が呼び覚まされたのかもしれない。目的と必要なものは、時にニワトリと卵。
さらに、下巻とおぼしき本には必ず上巻がある。同行したミサキに堂々「助手です」と宣言されれば除夜はつい同意する。かくしてコンビの誕生だ!ふたりはある場所にあらわれ続けるアルファベットの謎を追うことになる。
吉田篤弘さんの作品と言えば、私の考えでは、遠くて近い、近くて遠いという横の距離がキイであった。今回はそれが縦になる。つまり、見上げる、見下ろす。握手やハグできるeye to eye、face to faceの対面ではなく、出会う時、自分は必ず相手を見下ろすかたちになっている人物の孤独が、事件の鍵を握る。また、十字路の「十」は、少し傾けると「X」または「バッテン」。謎の人物や地点に使われる文字になる。各話の登場人物たちの、まっすぐな、あるいは斜めの交差に乞うご期待。
除夜&ミサキとともに読後私が考えたのは、「お話の終わり」ということだ。読書の終了なら「今日はここまで」と本を閉じた時。一冊のエンドであれば最終ページ。
でもそのあと、「これ面白いよ」とおしゃべりしたくなる。反応してくれた人がその書を開けば、お話は続く。手から手へ、心から心へ。
だから私はこの書評を書いた。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。