【第289回】間室道子の本棚『これが最後の仕事になる』講談社編/講談社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『これが最後の仕事になる』
講談社編/講談社
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一行目が全作「これが最後の仕事になる」で始まる短編集で宮内悠介、呉勝浩、一穂ミチ、米澤穂信など二十四人が参加。企画としては三冊目で、一作目は「黒猫を飼い始めた」で統一された二十六編、二作目は「嘘をついたのは、初めてだった」で二十九人を収録。

“自分は猫飼う予定ないなあ”とか、”嘘なんか呼吸するようについてきたからどれが最初かなんて覚えてないよ”という方もいるだろうから、今回のがいちばん身近で切実、読者に訴えかけるものが大きいんじゃないかと思った。

まず、勤勉で知られる日本人にとってこのお題は一大事。今日でおさらば!せいせいした!の場合でも、今後収入どうするとか毎日暇をどうつぶすとか、金と時間の問題がダイレクトにふりかかる「仕事やめた」は、猫、嘘に比べて生活密着型。

バリエーションが豊富なのも魅力で、女子高校生のアルバイト最後の日もあれば、あるおかみさんの家業廃業の話もでてくる。学校の先生の引退授業、勤務中イケナイことに手を出していたホストの足の洗い時、デスメタルバンドの解散ツアーからアイドルの卒業インスタライブまで、作家たちが知恵を絞った魅惑のシチュエーションが続々。

おすすめは、一話目からこんなレベルなのー、と驚いた、小川哲さんの「存在の耐えられない軽さ」。なにを言ってもネタバレになりそうなので、とにかくこの「5ページと3行」を堪能してほしいのだが、主人公(一人語りの口調からおそらく女性であると思われる)「私」が陥っている状況が、ピンチなのにどこかあっけらかんとしているのが読みどころ。恐怖やん、絶望やん、という声もありましょう。でもわたしは「うらやましいなあ~」と思った。共感する本好きは多いはず。

そう、ラストで「私」は本に囲まれている。居る空間が「すっからかん」と記されているが、わたしの考えでは、彼女は一冊も捨てなかった。そしてさらなる想像では、指でピッピッとやる電子書籍ではなく、彼女は紙の本を読み始めている。手にしているもの以外に、あと十万三千七百四十冊。究極のひとりぼっちだけど、こんなにも頼もしい相棒が十万超え。最後がこれって最高じゃん!小川哲先生の頭脳の豊かさにシビれる!!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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