【第290回】間室道子の本棚『夜、すべての血は黒い』ダヴィド・ディオップ 加藤かおり訳/早川書房

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『夜、すべての血は黒い』
ダヴィド・ディオップ 加藤かおり訳/早川書房
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読後、帯とあとがきを見て、ああ、これは第一次世界大戦の話なんだ、とぼんやり思った。歴史の知識がなくてすみません。でも私の考えでは、時代は肝じゃない。「2024年の戦争は塹壕がエアコン付きでコーヒーサーバーがあってスナック無料、トイレはウォシュレット、電源完備でWi-Fiも飛んでます」ということはないんだから。

最前線にいる者はいつの時代も泥と砂と血にまみれ、嫌な汗をかき、銃は重たく衣服は臭く、仲間が死んだらたちまち押し寄せるネズミの心配をするのだ。

主人公はセネガルの出身の二十歳の男で、黒人白人混合のフランス軍に属している。戦う相手はドイツ軍。で、彼はある日、兄弟以上に愛してきた幼馴染の、死に際の望みを聞いてやらなかった。なぜなら、それをかなえてやることは人間および先祖たちの掟に背く行為だったからだ。でも主人公が拒んだために、やつは涙と絶叫と糞にまみれて死んだ。

その後、主人公は思う。あの場で人間の掟にしたがうことは人間的だったのだろうか。おれがとらわれていたのは、出来あいの考えではないか。

かくして彼は、一族や親からの教えをのけて、自分で好きに考えることにした。結果、主人公は敵を友と同じ状況に陥らせ、しかるのちに「あの時やつにしてやれなかったこと」をほどこす。そして彼は陣地に「戦利品」を持ち帰るようになる。

最初は喝采を浴びた。でも四本目(そう、おみやげは、「本数」で数えられるものだ)から、仲間たちの反応がかわる。

「戦争において、いっときの狂気は勇気に似ている」という言葉がでてくるが、兵士に野蛮が求められるのは、隊長が午前に出撃の、夕方に退却のホイッスルを吹く、そのあいだの数時間だけだ。夜の塹壕に生々しい狂気を持ち帰るのはタブー。主人公は敵だけでなく、味方からも恐れられるようになる。戦利品七本目のあと――。

物語の後半はまるで白昼夢だ。楽園、平和、快楽、そして融合。

本作には繰り返しが多く、とつとつとした語り口とうねりを持って物語は進む。私的な念仏みたいだと思った。

兵士たちはフランス軍もドイツ軍も、夜歌をつくり、歌う。その日の英雄を讃えて。今日も俺たちは生きてるぞ、という実感と共感のためにも、彼らは歌うんだろう。でも悲しみや嘆きは歌われない。士気を下げるものや弱さは、自分の中にとどめておかねばならないからだ。

主人公はだから、一人静かに、自分の頭で考えたことをぶつぶつと漏れさせ、それが祈りになり、小説として浮かび上がった。そんな読み味。ひさしぶりに、「肉声」という言葉を思い出した。

遠い戦争の忘れられていた声というより、「今」で「生」なかんじ。今年の海外文学ベスト、三本の指に入る大傑作。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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