【第295回】間室道子の本棚 『うそコンシェルジュ』津村記久子/新潮社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『うそコンシェルジュ』
津村記久子/新潮社
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私の考えでは、本書は「逃がす」または「逃げる」話である。
11の物語で登場人物たちを翻弄するのは、現代人あるある的いやがらせをしてくる人たち。こちらをごみ箱のようにみなし、愚痴、下劣なからかい、無用のアドバイス、プレッシャー、無限ループの仕事など、承服しかねることをどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん放り込んでくる。
やっかいなのは、人は誰しもごみ箱が憎くてごみを入れるわけではないということだ。確信犯的な意地悪も出てくるけれど、たいていの迷惑系男女は「自分は無制限に受け入れられている」とか「じゃれあいの範囲」と考えている。また、彼らは傍から見れば「友達」であり、なにが起きていたのかが明らかになったあと周囲が「仲がいいんだと思ってた」ともらすケースも。
ターゲットにされている人が迷惑系と正面切って対決できない理由も各話にはある。つらい時期に支えてもらった過去があるとか、「自分+ABCDEという男六人の定期的な食事会で、Eだけがそういうことをしてくる。グループを良好に保つためにも、僕がEを心底苦手としていることは他の四人には知られたくない」とか。これはもう、逃げるしかない!逃亡は、現代においてもっとも前向きな行動のひとつになったのである!
とはいえ、引っ越し、部署異動の申請、退会などは容易ではない。迷惑系は必ず追ってきて「どうして離れようとするの?」と質問攻め、懐柔、一時の謝罪などを使ってくるからだ。前置きが長くなったが、表題作+続編では脱出のために、「うそ」が駆使される。
主人公は30代半ばの女性で、大学のサークルから抜けられずに困っていた姪を、うそで助け出す。これを機に彼女は、いろんな人の困りごとのために、なにか考えてやることになる。
いいなあと思ったのは、主人公がだましの名人ではないこと。問題を引き受けるたび彼女は悩み、傷ついたりもする。読者が心を寄せたくなるポイントだ。さらなる読みどころはうそが人をつなぐこと。あるエピソードで救われた人が続の話で協力者になる。いろんな年齢、立場の人が次々関わってくる様子は、わらしべ長者というかロシア民話「石のスープ」というか牧歌的。直接の反撃ではなく、うそでなんとか抜け道をさぐる。作者・津村さんらしいユーモアも漂う。
もちろんシリアスもある。表題作および続編でもっとも難問なのは、主人公の会社の小島部長の、高校一年生の姪御さんにふりかかったことだと思う。
姪っ子さんはトレッキング部に所属しており、顧問の先生に連れられみんなである山に登り、帰りに小雨に遭って先生を含めた全員が下山後少々体調を崩した。で、姪だけがいつまでたっても不調が取れない。この子の母親=小島部長の妹は、ネットであの山にアレルギーを起こす花粉を持つ植物が自生している可能性があると知り、顧問のリコール運動を始めた。
先生は、風邪をひかせてしまったことは謝罪したが、なんども登った山だし自分は生物教師だけれど該当植物は見たことがないと言う。母親はエスカレートしていく。読者の誰もが、「姪っ子さん、顧問の先生、逃げて!」と思うだろう。でもこの話で解放されるのは――。
今回の協力者と主人公は、その人がどうしてこんなにも囚われ、逃れられないのかに向き合う。そして奥底にたどり着き、見えたものとは。「ああ、そこか!そこなのか!」と誰もが叫びたくなるだろう。
他の9編でも、みんなが脱出経路をさがし、ラストで呼吸をラクにし、世界がひらけている。読後ぎゅっと抱きしめたくなり、またこの本にぎゅっと抱きしめられたくなる一冊。
11の物語で登場人物たちを翻弄するのは、現代人あるある的いやがらせをしてくる人たち。こちらをごみ箱のようにみなし、愚痴、下劣なからかい、無用のアドバイス、プレッシャー、無限ループの仕事など、承服しかねることをどんどんどんどんどんどんどんどんどんどん放り込んでくる。
やっかいなのは、人は誰しもごみ箱が憎くてごみを入れるわけではないということだ。確信犯的な意地悪も出てくるけれど、たいていの迷惑系男女は「自分は無制限に受け入れられている」とか「じゃれあいの範囲」と考えている。また、彼らは傍から見れば「友達」であり、なにが起きていたのかが明らかになったあと周囲が「仲がいいんだと思ってた」ともらすケースも。
ターゲットにされている人が迷惑系と正面切って対決できない理由も各話にはある。つらい時期に支えてもらった過去があるとか、「自分+ABCDEという男六人の定期的な食事会で、Eだけがそういうことをしてくる。グループを良好に保つためにも、僕がEを心底苦手としていることは他の四人には知られたくない」とか。これはもう、逃げるしかない!逃亡は、現代においてもっとも前向きな行動のひとつになったのである!
とはいえ、引っ越し、部署異動の申請、退会などは容易ではない。迷惑系は必ず追ってきて「どうして離れようとするの?」と質問攻め、懐柔、一時の謝罪などを使ってくるからだ。前置きが長くなったが、表題作+続編では脱出のために、「うそ」が駆使される。
主人公は30代半ばの女性で、大学のサークルから抜けられずに困っていた姪を、うそで助け出す。これを機に彼女は、いろんな人の困りごとのために、なにか考えてやることになる。
いいなあと思ったのは、主人公がだましの名人ではないこと。問題を引き受けるたび彼女は悩み、傷ついたりもする。読者が心を寄せたくなるポイントだ。さらなる読みどころはうそが人をつなぐこと。あるエピソードで救われた人が続の話で協力者になる。いろんな年齢、立場の人が次々関わってくる様子は、わらしべ長者というかロシア民話「石のスープ」というか牧歌的。直接の反撃ではなく、うそでなんとか抜け道をさぐる。作者・津村さんらしいユーモアも漂う。
もちろんシリアスもある。表題作および続編でもっとも難問なのは、主人公の会社の小島部長の、高校一年生の姪御さんにふりかかったことだと思う。
姪っ子さんはトレッキング部に所属しており、顧問の先生に連れられみんなである山に登り、帰りに小雨に遭って先生を含めた全員が下山後少々体調を崩した。で、姪だけがいつまでたっても不調が取れない。この子の母親=小島部長の妹は、ネットであの山にアレルギーを起こす花粉を持つ植物が自生している可能性があると知り、顧問のリコール運動を始めた。
先生は、風邪をひかせてしまったことは謝罪したが、なんども登った山だし自分は生物教師だけれど該当植物は見たことがないと言う。母親はエスカレートしていく。読者の誰もが、「姪っ子さん、顧問の先生、逃げて!」と思うだろう。でもこの話で解放されるのは――。
今回の協力者と主人公は、その人がどうしてこんなにも囚われ、逃れられないのかに向き合う。そして奥底にたどり着き、見えたものとは。「ああ、そこか!そこなのか!」と誰もが叫びたくなるだろう。
他の9編でも、みんなが脱出経路をさがし、ラストで呼吸をラクにし、世界がひらけている。読後ぎゅっと抱きしめたくなり、またこの本にぎゅっと抱きしめられたくなる一冊。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。