【第297回】間室道子の本棚 『僕たちの保存』長嶋有/文藝春秋

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『僕たちの保存』
長嶋有/文藝春秋
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ある人から聞いたのだが、ネットの本の感想書き込みで、阿佐田哲也先生の『麻雀放浪記』について、「自分は麻雀を知らないので面白くなかった」というのがあったそうだ。ふーん。ふふーん。むふふふーん。

たしかに今は表現の自由でなんでも言ったり書いたりしていいことになっている。でもわたしの考えでは、これじゃあ『キャプテン翼』を読んで、「サッカーがわからないからつまらなかった」、『地面師たち』を見て「土地持ちじゃないのでついていけなかった」と言うのとおなじではないか。むう。

『僕たちの保存』の主人公「僕」は50代で、デザインの仕事をしつつ、小さな店舗を構えて80年代のアパレルや中古ファミコンソフトや雑貨を販売、さらに昔からの知り合いに頼まれ力仕事や運搬を請け負う「フリーランスの男手」もしている。パソコン少年だった「僕」と、昔の、そして変化&進化してきた用語や機種との追憶の物語。

で、携帯電話およびスマホというものを一度も持ったことがなく、会社でパソコンは使っているけどいまだに「セルってなんだろう、テンキーってなんだろう」というレベルのわたしにはちんぷんかんぷん。クラウドサービス、USBケーブル、Webコーディング、ううむ、わからない。MSX、PC-9801、もはや外国語みたいだ(外国語なのか?!)。しかし本書はすごく面白かった!わたしには、乗り物小説として楽しめた。

3話目「シーケンシャル」にでてくるのは町なかを走るバスだ。数ある乗り物のなかで、バスがなぜ特別なのか、主人公=作者・長嶋有さんの分析にうなった。わたしは、料金がそれなりにして座席も立派で指定も付いている”観光や”高速”ではなく、ごくふつうのバスに座るとき、「陣取る」と思う。殿様みたいに。あの感覚の根っこにあったのはこれか!と晴れ晴れした気持ちになった。

表題作に登場するのはテスラだ。クルマにも疎いわたしだがテスラはわかる。なぜならあれは”未来から来た然”としているからだ。街で見ると高揚する。所有者がいたら、知り合いか否かにかかわらず「テスラなんですね」と声をかけたくなる。しかし本作には「そうは言えない状況」が出くるのである!

作中の状況はシビアなので申し訳ないが、それを超えて、「人はどういうときに”テスラですね”という言葉を呑みこむか」、これはおそろしく魅力的なお題。以前にも書いたが、読みながら思わず参加したくなる話題の拾い方は著者・長嶋さんの真骨頂。というわけでわたしも考えてみた→親分が襲撃され、カチコミに行くため若頭が車を回してくる。子分たち組事務所の前で待っていると、白く低い流線形の車体が。「アニキ、テスラっすね!」・・・いやこのタイミングはだめだろう!

本書は新機軸の青春小説でもある。「昔のあだ名を今の知り合いの前で使われるとなぜあんなにも気恥ずかしいのか」をはじめとする、「生なあの頃」をもろに食らう感じ。その時押し寄せるのは「自分は老いたなあ」ではなく、容赦なくフレッシュになった「今」だ。

ロードノベルでもあるし、2話目の「選ばれる思惟」と4話目の「ゴーイースト」は、<新幹線の切符を家に忘れたときの解決法が><刀剣類所持にかんする行政の盲点>という社会派(!?)として興味深い。

ベースラインになじみのないことがあっても、読者が心をひらけば楽しみは見つかる。それが小説だ!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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