【第300回】間室道子の本棚 『もの想う時、ものを書く』山田詠美/中央公論新社
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『もの想う時、ものを書く』
山田詠美/中央公論新社
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テレビや映画を観ていてふと、「読書してるかんじ」になることがある。今読んでる一冊とストーリーが似てたとか登場人物のエピソードを自分も体験とかではない。画面のこの人とあの本を読む私は同じ顔をしている、と思える瞬間があるのだ。
その映画の舞台は米国の空軍で、不良(!)のベテランパイロットが基地に呼び出される。命令は、「さる国のウラン濃縮プラントを稼働前に破壊する。そのために精鋭12名を集めた。訓練してほしい」。
型破りなこのレジェンドは作戦を立てる。
攻撃目標は山岳地帯の深い谷底にある。リミットは2分30秒。速度は660ノット。まずぐにゃぐにゃの渓谷に沿って超低空の100フィートで飛び続ける。そして最後にそびえる山の斜面を垂直に飛び上がり、山頂を超えたら背面で急降下。施設を爆撃したら一気に上昇。かかる重力は9G。胸を象に踏まれるほどの衝撃に耐え、気絶することなく空に達したあと、戦闘機は敵のレーダーにさらされ数秒後にミサイルが飛んで来る。運よくかわしても、敵機とのドッグファイト(格闘戦)が待っているだろう――。
過酷なルートと要求される技術。遂行可能ですか?という訓練生の問いにベテランは答える。「操縦するパイロットしだいだ」。
で、なんやかんやがあり、彼は教官職をクビになる。12人の前に中将がやってきて、これからは自分が教えるという。リミットは2分30秒ではなく4分。スピードも660ではなく420でいい。ルートも変更だ。でも若者たちにはこのぬるさが瞬時にわかる。なぜならあのレジェンドは「ほんもの」であり、彼らはそれに触れたからだ。
そのとき飛行シミュレーション区域に一機が侵入する。乘っているのは彼!みんなが身を乗り出し、生気を取り戻す。うれしそうとか期待に満ちとかいうお気楽なもんじゃない。強い目と、顔つき。
前置きが長くなったが、詠美さんの『もの想う時、ものを書く』を読んでいる自分は、彼らと同じ顔をしてる、と思ったのだ。山田詠美作品を開くとき、私は若干緊張している。読むには覚悟が必要。感動するにしろ打ちのめされるにしろ、無傷ではいられないのだ。
本書は作家生活40周年記念のエッセイ集で、2000年以降のものが初収録されている。なんといっても芥川賞の選評がすごい。すべて一撃で仕留めている。可も否もだ。詠美さんの書くものには、小説にしろエッセイにしろ軽い殺気がある。「軽い」というのは「重い」の反対語ではない。そもそもむき出しの殺気で書かれた物語やエッセイって、読めたもんじゃないだろう!ある作品に向けた、「細心の注意を払って、吟味された野蛮」という言葉。詠美さんの選評ってまさにこれだ!
ベテランは「私と同じようにやれ」とはけっして言わなかった。問いたいのは、「君の限界はこれか?」なのだ。若きエリートたちを「世界で最も優秀」と評した中将に彼は、”安全な環境下で”でしょう?と言う。私の考えでは、ウラン濃縮施設を稼働させようとしている国と、伝説のパイロット&芥川賞選考委員の詠美さんは、「圧倒的な力を持った他者」という面で新人たちにとって同じだ。前者はやってきた彼らを殺そうとし、後者二人は生かそうとする。
文学への愛とシビアなまなざし。ほんものがここにある。ここにいる。
その映画の舞台は米国の空軍で、不良(!)のベテランパイロットが基地に呼び出される。命令は、「さる国のウラン濃縮プラントを稼働前に破壊する。そのために精鋭12名を集めた。訓練してほしい」。
型破りなこのレジェンドは作戦を立てる。
攻撃目標は山岳地帯の深い谷底にある。リミットは2分30秒。速度は660ノット。まずぐにゃぐにゃの渓谷に沿って超低空の100フィートで飛び続ける。そして最後にそびえる山の斜面を垂直に飛び上がり、山頂を超えたら背面で急降下。施設を爆撃したら一気に上昇。かかる重力は9G。胸を象に踏まれるほどの衝撃に耐え、気絶することなく空に達したあと、戦闘機は敵のレーダーにさらされ数秒後にミサイルが飛んで来る。運よくかわしても、敵機とのドッグファイト(格闘戦)が待っているだろう――。
過酷なルートと要求される技術。遂行可能ですか?という訓練生の問いにベテランは答える。「操縦するパイロットしだいだ」。
で、なんやかんやがあり、彼は教官職をクビになる。12人の前に中将がやってきて、これからは自分が教えるという。リミットは2分30秒ではなく4分。スピードも660ではなく420でいい。ルートも変更だ。でも若者たちにはこのぬるさが瞬時にわかる。なぜならあのレジェンドは「ほんもの」であり、彼らはそれに触れたからだ。
そのとき飛行シミュレーション区域に一機が侵入する。乘っているのは彼!みんなが身を乗り出し、生気を取り戻す。うれしそうとか期待に満ちとかいうお気楽なもんじゃない。強い目と、顔つき。
前置きが長くなったが、詠美さんの『もの想う時、ものを書く』を読んでいる自分は、彼らと同じ顔をしてる、と思ったのだ。山田詠美作品を開くとき、私は若干緊張している。読むには覚悟が必要。感動するにしろ打ちのめされるにしろ、無傷ではいられないのだ。
本書は作家生活40周年記念のエッセイ集で、2000年以降のものが初収録されている。なんといっても芥川賞の選評がすごい。すべて一撃で仕留めている。可も否もだ。詠美さんの書くものには、小説にしろエッセイにしろ軽い殺気がある。「軽い」というのは「重い」の反対語ではない。そもそもむき出しの殺気で書かれた物語やエッセイって、読めたもんじゃないだろう!ある作品に向けた、「細心の注意を払って、吟味された野蛮」という言葉。詠美さんの選評ってまさにこれだ!
ベテランは「私と同じようにやれ」とはけっして言わなかった。問いたいのは、「君の限界はこれか?」なのだ。若きエリートたちを「世界で最も優秀」と評した中将に彼は、”安全な環境下で”でしょう?と言う。私の考えでは、ウラン濃縮施設を稼働させようとしている国と、伝説のパイロット&芥川賞選考委員の詠美さんは、「圧倒的な力を持った他者」という面で新人たちにとって同じだ。前者はやってきた彼らを殺そうとし、後者二人は生かそうとする。
文学への愛とシビアなまなざし。ほんものがここにある。ここにいる。
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。