【第301回】間室道子の本棚 『深淵のテレパス』上條一輝/東京創元社

「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『深淵のテレパス』
上條一輝/東京創元社
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なんどか書いているが、わたしにとって、恐怖は「量」ではなく「方向」である。血やおぞましさの増量ではなく、斬新な角度から飛んでくるホラー。これは怖い。

本書の帯裏に「変な怪談を聞きに行きませんか?」という、おそらく登場人物のせりふであろう一言があってシビれた。作者は「変な作品を読んでみませんか?」と誘っているのだ。

まず登場するのは高山カレン。三十代半ばでPR会社の営業部長になった敏腕の彼女はある日、部下の館花ゆかりに声をかけられる。そう、「変な怪談を聞きに行きませんか?」――・

ゆかりの弟が所属する大学のオカルト研究会的サークルが月イチで開催しているイベントの会場は、新宿区にある同大学の学生会館の地下だった。で、次々でてくる演者の話は正直退屈。だが、ある女の子の登場で場の空気が変わる。そしてカレンはその女子学生から「怪談を浴びせられる」。これがすごくフレッシュ。

やがて自宅マンションの部屋で、異様な音がするようになる。仕事で有能さを誇るカレンはあらゆる手立てを考える。音はどこから来るのか、発生に規則のようなものはあるのか。マンション管理会社への連絡、害獣業者への調査依頼。重要登場人物がさっさとおびえないって斬新だ!

彼女は音の奇妙な傾向を掴み、そこから導きだされる対策もした。だがその裏をかくような現象も起き始める。蓄積される疲労、心むしばむ不気味さ。あとはお祓いか。でもネットで出てくるソレ系の人々のうさん臭さと高額料金。こりゃダメだ!

やがて上司の目の下のクマを心配した館花ゆかりが「ここならカレンさんの考え方にも合うんじゃないか」とある動画を見付けてくる。芦屋晴子と部下・越野コンビの登場である、

越野は映画宣伝会社に勤務して五年。パワハラに悩んでいたが、二年前に上司が晴子に変わってから人生が少し明るくなった。180センチ近い身長、べらぼうに仕事が出来るが素っ頓狂なところもある彼女は社内における越野の防波堤だ。そして彼をヘンなことに誘った。「私と一緒にお化けを撮ろう」。

この上司の時間外活動は怪奇現象の「サンプル集め」。依頼人の元へ行き、怪異を撮影・録音し、ある大学に送る。もちろん事象への対処もしてあげるのだが聖水とか護符の調達ではなく、晴子と越野が向かう先はホームセンター!すこぶる冷静で、ある意味お祓い屋よりキテレツな晴子たちのYouTubeを見てカレンは連絡を取る。物語は、高山カレンと越野草太の視線で語られていく。

うなったのは、私を怖がらせたものだ。さきほど、「カレンが音についてある傾向を掴み、対策もした」と書いたが、晴子と越野が彼女の部屋で見たのは――。

きわめて現代的だし、陰ではなく陽、喜怒哀楽なら喜と楽にあげられるもの。でもそれが、足の踏み場もないほどびっしりある。わたしはお腹の中に氷を押し込まれた気がした。怪奇の描写以上に、わたしはこの、人間の必死の抵抗の跡が怖かった。

もうひとつ、わたしが慄いたのは物語後半の靴の場面。これまたきわめて令和な、アディダスの白、クロックスのサンダル、デニム生地の小さなスニーカー、エナメル製パンプス、汚れたランニングシューズ、そしていちばん最近置かれたと思われる赤のトレッキングシューズ。これらがただ並んでいる。それがとてつもなくおそろしい。

恐怖そのものを書くにも腕がいるんだけど、なんでもないものを読み手の心の中で恐怖に変換する。これは著者のセンス。

魅力的な登場人物と、予期せぬ方から来る恐怖、小気味よいさまざまな回収。ラストまで、どうぞじっくりと、お読み逃しなく!
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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