【第302回】間室道子の本棚 『ゆびさきに魔法』三浦しをん/文藝春秋
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『ゆびさきに魔法』
三浦しをん/文藝春秋
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林業、辞書の編纂、文楽、大学の植物研究室などさまざまな現場を描いてきた著者の最新お仕事小説。舞台はネイル業界だ。
今、髪型に口出しする人はいないだろう。校則や勤務先でのルールはあるかもしれぬが、男女ともにパーマをかけるも金に染めるもアフロも自由。でも以前はそれだけで「不良!」「色気づいてる!」「変わり者!」とご家庭、ご近所、その他の領域でもめたり陰口をたたかれたりしていたのだ。で、いまだに言われ続けているのがネイルの世界。「赤ちゃんがいるのに派手な爪。母親失格!」とか「男性がネイルアートって、イメージじゃない」などなど。でも本書を読めばそれが偏見であることがわかる。
たとえばラッパーの一件。居酒屋「あと一杯」の五十がらみの大将は左足の親指が巻き爪になり激痛に耐えかねていた。で、あれこれあって、ネイルサロン「月と星」のオーナー兼ただ一人の店員・月島美佐が彼を招き入れ、巻き爪対処となる。彼女は三十代半ば。商店街に店を構えて四年の、正確&丁寧が売りのネイリストだ。
助けられたくらいで偏見が取れないのか、きらめく店内に気圧されたのか、テレなのか、施術の山を越えたところで大将は「爪をごてごて飾るなんて、妙なことが流行るもんだな。料理とかするのに邪魔じゃないのか」と言った。
この場に大沢星絵がいた。二十代前半の「あと一杯」の常連で、大将にくっついて来た彼女は彼に言い放つ。「エイサップ・ロッキーにも同じこと聞けるんですか」
A・ロッキーについて大将はポッカーンであるが(なんど教えられても覚えられないのだ)、この実在するカリスマはライムがすごいばかりでなくネイルアートもキメている。でも「そんな爪で料理できんのか?」とは誰もいわない。炊事をするかどうかはその人の勝手。そしてどんな職業、立場、性別のひとだって、ネイルをしたければすればいい――。これを聞いた月島は気持ちが晴れやかになり、実は次の働き先を探し中の新米ネイリストであった大沢を雇うのである!
しをんさんのお仕事小説はいつも、知らない世界の日常が面白いが、みなさんたとえば「ネイル業界と、新潟、福井の刀鍛冶職人との連携」ってごぞんじ?
実務だけじゃなくイメージも興味深い。「最近の二時間ドラマで、ネイリストが犯人にされがちなのはなぜ?」 ううむたしかに「ネイリストが犯人、または容疑者」って、いくつか思い当たる!
さらにネイリストたちのプライベート。大沢星絵が美容専門学校の学生だったころ、彼氏が「同窓会に行くから爪磨いてくれない?」と言ってきた。これはOK。ネイルケアの練習台になってもらいましょう。しかし「ついでに足の爪もお願い」と言ってきたら・・・。ソレダメ!詳しくはP178をどうぞ!
解決しないことがあるのもリアルだ。本書にはある老人とある男がでてくるのだけど、成敗や大逆転や手打ちはない。彼らはただあらわれ、通り過ぎる。でも思えばわれわれの日常ってこうだ。よっぽどでない限り、アヤシイ存在と直接対決はしない。こちらが心をととのえ、次のお客様を待つ。それがお仕事。
「みなさんの知らない業界に光をあて、広げて紹介します」ではなく、しをんさんのお仕事小説は、小さな人間くささをとっかかりに読者にのぞき見させるかんじ。だってゴシップやあるある、裏話こそ、「その世界で生きてるーっ」ていう人たちのダイミズムだ!
今、髪型に口出しする人はいないだろう。校則や勤務先でのルールはあるかもしれぬが、男女ともにパーマをかけるも金に染めるもアフロも自由。でも以前はそれだけで「不良!」「色気づいてる!」「変わり者!」とご家庭、ご近所、その他の領域でもめたり陰口をたたかれたりしていたのだ。で、いまだに言われ続けているのがネイルの世界。「赤ちゃんがいるのに派手な爪。母親失格!」とか「男性がネイルアートって、イメージじゃない」などなど。でも本書を読めばそれが偏見であることがわかる。
たとえばラッパーの一件。居酒屋「あと一杯」の五十がらみの大将は左足の親指が巻き爪になり激痛に耐えかねていた。で、あれこれあって、ネイルサロン「月と星」のオーナー兼ただ一人の店員・月島美佐が彼を招き入れ、巻き爪対処となる。彼女は三十代半ば。商店街に店を構えて四年の、正確&丁寧が売りのネイリストだ。
助けられたくらいで偏見が取れないのか、きらめく店内に気圧されたのか、テレなのか、施術の山を越えたところで大将は「爪をごてごて飾るなんて、妙なことが流行るもんだな。料理とかするのに邪魔じゃないのか」と言った。
この場に大沢星絵がいた。二十代前半の「あと一杯」の常連で、大将にくっついて来た彼女は彼に言い放つ。「エイサップ・ロッキーにも同じこと聞けるんですか」
A・ロッキーについて大将はポッカーンであるが(なんど教えられても覚えられないのだ)、この実在するカリスマはライムがすごいばかりでなくネイルアートもキメている。でも「そんな爪で料理できんのか?」とは誰もいわない。炊事をするかどうかはその人の勝手。そしてどんな職業、立場、性別のひとだって、ネイルをしたければすればいい――。これを聞いた月島は気持ちが晴れやかになり、実は次の働き先を探し中の新米ネイリストであった大沢を雇うのである!
しをんさんのお仕事小説はいつも、知らない世界の日常が面白いが、みなさんたとえば「ネイル業界と、新潟、福井の刀鍛冶職人との連携」ってごぞんじ?
実務だけじゃなくイメージも興味深い。「最近の二時間ドラマで、ネイリストが犯人にされがちなのはなぜ?」 ううむたしかに「ネイリストが犯人、または容疑者」って、いくつか思い当たる!
さらにネイリストたちのプライベート。大沢星絵が美容専門学校の学生だったころ、彼氏が「同窓会に行くから爪磨いてくれない?」と言ってきた。これはOK。ネイルケアの練習台になってもらいましょう。しかし「ついでに足の爪もお願い」と言ってきたら・・・。ソレダメ!詳しくはP178をどうぞ!
解決しないことがあるのもリアルだ。本書にはある老人とある男がでてくるのだけど、成敗や大逆転や手打ちはない。彼らはただあらわれ、通り過ぎる。でも思えばわれわれの日常ってこうだ。よっぽどでない限り、アヤシイ存在と直接対決はしない。こちらが心をととのえ、次のお客様を待つ。それがお仕事。
「みなさんの知らない業界に光をあて、広げて紹介します」ではなく、しをんさんのお仕事小説は、小さな人間くささをとっかかりに読者にのぞき見させるかんじ。だってゴシップやあるある、裏話こそ、「その世界で生きてるーっ」ていう人たちのダイミズムだ!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。