【第303回】間室道子の本棚 『他人屋のゆうれい』王谷晶/朝日新聞出版
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『他人屋のゆうれい』
王谷晶/朝日新聞出版
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主人公の南大夢(ひろむ)は約一年前に地元宮城から東京に出てきた二十代前半の青年である。仕事は派遣で、今はコールセンターで通販会社のクレーム係。住んでいるのは殺風景な住宅街にあり、屋内の治安が悪く(喧嘩盗難騒音)、心身がすり減るシェアハウスの二畳の部屋だ。
ある日、実家にいる苦手な兄から電話が来た。春夫おじさんの訃報。大夢は一回ぐらいしか会ったことはないが、家族および親戚中から「長男のくせに結婚もせず家を継ぎもせず地元を捨てた変わり者で親不孝で気味が悪い」とディスられていた人。東京の下町にあるマンションでクモ膜下を起こし、自室から出たところでそのまま、ということらしい。
で、なんやかんやで大夢はこの亡きおじさんの部屋に住むことになる。建物はマンション兼雑居ビルの様相で、お店をやっている人もいる。404号室は大きなワンルーム状で、奥に台所と風呂、トイレ、窓際にベッドがあるほかは、おじさんの遺した謎の品々であふれていた。でも大夢が注目したのは、入口すぐのところに置かれた大きなソファとテーブル、それを囲む衝立、卓上の色とりどりの飴。
ここは、誰かを迎え入れるための場所なのだ。
あの「無口で人嫌い」のはずのおじさんが?・・・鉄製のドアには看板らしきものもあった。「他人屋」。
「他人にしか頼めないこと」ってある。たとえばあなたは全裸で倒れている。入浴後のギックリ腰。ベッドまで行きたいが同居人ひとりの助けではらちがあかない。でも家族や親戚、友人などを呼びつけたら「ぷぷっ、XXちゃんたら、3年前に裸でギックリ」など長きにわたり恥のエピソードトークを披露されること間違いなし。かといって電話やネットで呼ぶような見知らぬ便利屋さんにあられもない姿を見られるのは嫌。救急車は最後の手段。そういうとき、①ご近所に住んでいて、②料金も安く、③どんなことで頼っても嫌がったり面倒がったりせず、④仕事内容についてあちこちで触れ回らない、他人屋が役に立っていたのである!
②の「料金を取る」がポイントだと思う。「無料だラッキー!」よりも、報酬をきちんと支払ったほうが次回も頼みやすいってある。「都会」「非力」「少人数」の状況下の人間がものすごく増えてる中、この職業はすばらしい!
で、とうとつですが、他人屋に、本書表紙のイラストにそっくりな幽霊がいるのである。 誰?!
本書の鍵は「ふっと出る」だと思った。これだけ「つながる時代」の中で、大夢は昔も今も周りの人のことをよく知らない。兄についてもそう。小さいころから自分と違って優秀で、地元の国立大学に入って公務員試験にも受かり今県庁にいる。でもこれは「兄をわかってる」ではないだろう。また、私の考えでは、電話してくるクレーマーは何時間大声を出しても真空パック並みに閉じている。彼らは自分を知ってほしいわけじゃないから。
一方「他人屋二代目」と見なされた大夢にからんでくる人たちからは、モノやコトを通じてさまざまがふっと漏れ出る。他人にしか渡せない思いってあるのだ。同じ感じがコールセンターの西沢さんにも発生。この五十代の女性は話好きでどんどんしゃべるから、大夢は彼女の家族や生活について妙にくわしい。でもこれまた私の考えでは、彼に「西沢さんという人が届いた」のは、ぽつりと話された、「お盆の茄子ときゅうりの馬についての考え」の時だ。
本書の登場人物たちには、消し去ることができずに人生にずっと併走させているものがある。それが、お説教、アドバイス、同情を寄越しそうにない他人の前で、ふっと出る。そう、幽霊のように。
つらさやなつかしさやいとおしさや時の癒しやまだこみあげる怒りや無念の混濁。あなたにも、わたしにも、幽霊はいる。われわれが生きてる証みたいに。
ラストの「起死回生」のきざしにどきどき。王谷晶、あいかわらずシビれる!
ある日、実家にいる苦手な兄から電話が来た。春夫おじさんの訃報。大夢は一回ぐらいしか会ったことはないが、家族および親戚中から「長男のくせに結婚もせず家を継ぎもせず地元を捨てた変わり者で親不孝で気味が悪い」とディスられていた人。東京の下町にあるマンションでクモ膜下を起こし、自室から出たところでそのまま、ということらしい。
で、なんやかんやで大夢はこの亡きおじさんの部屋に住むことになる。建物はマンション兼雑居ビルの様相で、お店をやっている人もいる。404号室は大きなワンルーム状で、奥に台所と風呂、トイレ、窓際にベッドがあるほかは、おじさんの遺した謎の品々であふれていた。でも大夢が注目したのは、入口すぐのところに置かれた大きなソファとテーブル、それを囲む衝立、卓上の色とりどりの飴。
ここは、誰かを迎え入れるための場所なのだ。
あの「無口で人嫌い」のはずのおじさんが?・・・鉄製のドアには看板らしきものもあった。「他人屋」。
「他人にしか頼めないこと」ってある。たとえばあなたは全裸で倒れている。入浴後のギックリ腰。ベッドまで行きたいが同居人ひとりの助けではらちがあかない。でも家族や親戚、友人などを呼びつけたら「ぷぷっ、XXちゃんたら、3年前に裸でギックリ」など長きにわたり恥のエピソードトークを披露されること間違いなし。かといって電話やネットで呼ぶような見知らぬ便利屋さんにあられもない姿を見られるのは嫌。救急車は最後の手段。そういうとき、①ご近所に住んでいて、②料金も安く、③どんなことで頼っても嫌がったり面倒がったりせず、④仕事内容についてあちこちで触れ回らない、他人屋が役に立っていたのである!
②の「料金を取る」がポイントだと思う。「無料だラッキー!」よりも、報酬をきちんと支払ったほうが次回も頼みやすいってある。「都会」「非力」「少人数」の状況下の人間がものすごく増えてる中、この職業はすばらしい!
で、とうとつですが、他人屋に、本書表紙のイラストにそっくりな幽霊がいるのである。 誰?!
本書の鍵は「ふっと出る」だと思った。これだけ「つながる時代」の中で、大夢は昔も今も周りの人のことをよく知らない。兄についてもそう。小さいころから自分と違って優秀で、地元の国立大学に入って公務員試験にも受かり今県庁にいる。でもこれは「兄をわかってる」ではないだろう。また、私の考えでは、電話してくるクレーマーは何時間大声を出しても真空パック並みに閉じている。彼らは自分を知ってほしいわけじゃないから。
一方「他人屋二代目」と見なされた大夢にからんでくる人たちからは、モノやコトを通じてさまざまがふっと漏れ出る。他人にしか渡せない思いってあるのだ。同じ感じがコールセンターの西沢さんにも発生。この五十代の女性は話好きでどんどんしゃべるから、大夢は彼女の家族や生活について妙にくわしい。でもこれまた私の考えでは、彼に「西沢さんという人が届いた」のは、ぽつりと話された、「お盆の茄子ときゅうりの馬についての考え」の時だ。
本書の登場人物たちには、消し去ることができずに人生にずっと併走させているものがある。それが、お説教、アドバイス、同情を寄越しそうにない他人の前で、ふっと出る。そう、幽霊のように。
つらさやなつかしさやいとおしさや時の癒しやまだこみあげる怒りや無念の混濁。あなたにも、わたしにも、幽霊はいる。われわれが生きてる証みたいに。
ラストの「起死回生」のきざしにどきどき。王谷晶、あいかわらずシビれる!
代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
ラジオ、TVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『Precious』、『Fino』に連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『蒼ざめた馬』(アガサ・クリスティー/ハヤカワクリスティー文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。