【第36回】間室道子の本棚 『1R1分34秒』 町屋良平/新潮社

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『1R1分34秒』
町屋良平/新潮社
 
 
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ボクサーの足さばきそのものの文体で進む、今まで読んだことがないテイストのボクシング小説。

主人公は21歳の「気にしすぎボクサー」で、今の時代っぽいのだが、対戦が決まるとビデオで研究するのはもちろん、相手のジム周辺の様子をGoogle Mapsで見たり、ブログやSNSをものすごくチェックしたりする。そして夢の中でその選手と親友になってしまうのだ。

そんな相手と初めて会うのはもちろん試合当日、リングの上でとなる。球技や陸上とちがい、殴り合いが基本のボクシングではどうしたって「殺意」がにじむ。妄想であれ、育んできた友情はこうして壊れ、勝っても負けても主人公は孤独になっていく。

そしてまるで失恋のように、彼は試合を引きずる。そもそもどんなにデータやネットで調べつくしても、その時からの相手の変化はわからないのに、「ぼくの知ってるお前と違う」となり、裏切りにあった気分になる。彼の頭の中は、当たったかもしれないパンチやしていたら勝てたかもしれない練習でいっぱいだ。

そんな主人公に、まだ現役ボクサーであるウメキチが新しいトレーナーとして付く。ウメキチの方法は今まで習ってきた動きやセオリーと違っており、フラストレーションを溜める主人公だが、「おまえは勝ちたいのか、きれいなボクシングにしがみつきたいのか」と言われ、ここがまた今っぽいのだが、ウメキチを「ゲーム感覚で信頼する」ことにする。

「これ以降、奇跡の快進撃が」なんてなったらぜんぜん新鮮じゃない。主人公と読者に「これでいいのか」という不安がぬぐえないのが読み味で、すごくリアル。(なにせウメキチの教えは「たぶん」と「反則じゃない。おれもやってる」に満ちている!)そしてボクシング用語がふんだんに出てきて、それがまるでわからないのに、体の熱さ、乾き、痛み、ねじれるような疲労感、もう一歩も足が前に出ない重さなどが、驚くほど伝わってくるのがすごい。

主人公が、初めて自分の未来の姿を考える最後が光る。このラスト3行のために、作者・町屋良平は140ページを言葉にし、戦い続けた。第160回芥川賞受賞作。

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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。
 

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