【第31回】間室道子の本棚 『怪談のテープおこし』 三津田信三/集英社文庫
「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『怪談のテープおこし』
三津田信三/集英社文庫
三津田信三/集英社文庫
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気味の悪い本ってある。「怖い話が載っています」ではなく存在じたいが気味悪いなあと思う本。
本書はそのひとつで、2016年に単行本で出たとき、うわー、へんなもの読んじゃった、と思いつつあちこちで推した。なぜなら、面白かったからである。動物のうちで、恐怖を娯楽にできるのは人間だけなのだ。
今回、集英社文庫の新刊が入っている箱を開け、出た!と思った。数年前見た幽霊にふたたび遭遇した感じ。
そう、気味の悪い本は怪奇現象に似ている。出くわしたら最後、こちらの判断を受け付けない。たとえば、私は浜辺で、藁で編まれた馬を見つけたことがある。民芸品のような気もするし呪術品めいても見えた。さて私はそのまま立ち去ったほうがいいのか、拾わないと呪われちゃうのか?
『怪談のテープ起こし』も、推すと恐ろしい目にあうのか、推さないと祟られるのかわからないけど、3年前宣伝したあと無事でいるので、また推します。
自殺した人間が最後に吹き込んだカセットテープを集めていた男にふりかかったこと、見ず知らずの夫婦の家の留守番を頼まれた女子大生が夜中に遭遇したもの、晴れているのに雨用の帽子、レインコート、長靴、手には傘という恰好で水路脇に立つ女など、戦慄の6話。
本書がすごいのは、作者・三津田信三先生自身が登場し、この6つが本にまとめられるまでの経緯が「序章」とふたつの「幕間」、そして「終章」に書かれていること。そして今回は文庫化までの経緯が「終章」に加筆されている。怪談本編もすごいだが、この「うらばなし」がとてつもなく不気味なのである。
フィクションなんだかノンフィクションなんだかわからない作品て、どこかで片方に寄りがちなんがけど、本書は狭間に留まり、読後もなんだかソワソワしちゃう恐怖を与え続けているのがすごい。
文庫帯には「自己責任でお楽しみください」という脅し文句がついており、そのとおりになったので感心しきりで、「恐ろしや!どうしよう!」と逆に思わなかったのだが、読後怪奇現象が起きた。
我が家では壁の外の出っぱり部分に鳩がとまって羽ばたきする時、羽根が換気扇に当たるようでバタバタッという音が聞こえる。また古いマンションでコウモリが迷いこむのか、壁の中でたまに音がすることもある。
で、『怪談のテープ越し』の文庫を閉じた時、いつもの音がした。
鳩なのかコウモリかと耳をすまして、トリハダが立った。
その、小さな何かが暴れている音は、冷蔵庫の中から聞こえているのである!
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室 道 子
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。