【第25回】間室道子の本棚 『夜汐』東山彰良/KADOKAWA

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
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『夜汐』
東山彰良/KADOKAWA
 
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主人公・蓮八は幼馴染みの八穂のために、血気さかんな餓鬼どもを集めて大きな組の賭場を襲わせ、大金を手にした。だが裏にいたのは誰かがばれ、蓮八に向けて殺し屋が放たれる。その名は夜汐。奴に狙われた者は全身黒ずくめの異人や狼の夢、幻を見る。奴があらわれる時には塩辛い風が吹く。

蓮八は京に逃げ、なんと新選組に入る。魅力的なキャラクターがいっぱいの作品だが、沖田総司が秀逸。丸顔で、天然で、人を斬ってみたくてしょうがない男として登場するのだ。

たとえば総司があるものを斬れるかどうか仲間と賭けをし、いやあ、やっぱりダメだったね、と照れて爆笑を買うシーンがある。だが読み進み、彼の明るい狂気に次々ふれるうち、本当は斬れたのではないか、でも「あれを斬った!」ではドン引きされるだけ。失敗したほうが笑いを取れるから斬らずにいたのではないか・・・。そんな想像がふくれあがる。これも本書が持つ縦横無尽なパワーである。

やがて八穂から手紙が来て、蓮八は江戸に戻ることになる。はからずも彼は「新選組初の脱走者」になってしまうのだ。夜汐からも、総司や土方歳三からも追われることになった若きやくざの運命やいかに?

時代小説、ロードノベル、青春小説、いろんな読み方ができる本書のいちばんのテイストは、ハードボイルドだと思う。
「風にさわさわ揺れる青竹は、まるで天を掴もうと伸ばした亡者たちの手のようだった」「芹沢は愚か者だが、芹沢の剣は愚かではない」
「あの人たちとは一緒に死ぬことになるから、別に生きているときまで一緒にいなくてもいいんだ」
など、このジャンル最大の魅力であるクールな言い回しやせりふがすばらしい。

そして夜汐と蓮八、殺す者との殺される者との間に生まれる奇妙な信頼関係が読みどころ。「いつか夜汐が俺を殺す」――蓮八のこの思いは、恐怖からだんだん安心、希望に変わる。あいつが来る前に、俺は死なない。それが望みになり、蓮八は江戸までの過酷な道中や窮地を乗り越えていく。

帯に「おれの命は、おまえのもんだ。」とある。蓮八の生きる命の理由は八穂にあり、死ぬ命の理由は夜汐にあるんだな、とわかってくる。当店文学コンシェルジュの、今年いちばんのおススメ。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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