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【第24回】間室道子の本棚 『熱帯』 森見登美彦/文藝春秋

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『熱帯』
森見登美彦/文藝春秋
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2018年11月某日、文藝春秋本社の地下1階において、書店員30人ぐらいと作者・森見登美彦氏による『熱帯』の読書会がおこなわれた。

『熱帯』は、なぜか誰も最後まで読むことができない謎の小説『熱帯』をめぐり、この本にとりつかれた男女があれやこれやと大冒険する物語。物語の中にいくつもの別な物語がひそんでいるスリリングな作品だ。

通常「物語の中に物語が」の"入れ子小説"は、今の事件に昔のできごとが差しはさまれたり、誰かと誰かの人生が交互に展開するなど、「ミルフィーユ状態」で書かれるものが大半だが、森見氏の『熱帯』は、物語の誰かが別な話を始め、その話の登場人物がまた別なことを語り、そこに出てくる人がまた、という「マトリョーシカ構造」。

そのうえ人々の記憶や動作が微妙にシンクロし出し、物語の中の過去と現在、現実と創作、登場人物同士の境目が溶け出していくのが読み味。

名うての本読みである書店員たちから「私はほんとうに『熱帯』が読めているのか?」「最終ページまで行ったのに小説から出られない気分。どうしてくれる!」などの疑問、苦情(?)が寄せられ、森見氏汗だく。「筋を追おうとする姿勢を捨てて!」「読者は言わば『熱帯』の犠牲者なんです」など、通常作家の口から発せられない言葉が飛び出す前代未聞の読書会となった。

このわたくしはと言えば、他の書店員が言っていた「『熱帯』から出られない」とは逆のことが読後起きている。なんというか、「あらゆるところに『熱帯』が出る」。

たとえばこの本には「柳」という画廊が出てくるのだが、「ここは薬局もやっているはず」と思って読み進む。だがそんなものは出てこない。実は「柳薬局」は、宮部みゆきさんの『希望荘』に出てくるお店なのである。また『熱帯』で千代さんという人物が消えた時、潮風みたいな匂いがした、という場面がある。私の脳裏には、さあ殺し屋の登場だ、という思いが湧く。しかしいつまでたってもあらわれない。汐の匂いと関係する殺し屋が出てくるのは、東山彰良さんの『夜汐』という小説だった。そうだった。

「この世のあらゆることが『熱帯』に関係している」という言葉が、『熱帯』にあるが、どんな本の中にも『熱帯』を見つけ、『熱帯』の中にあらゆる本を見出してしまう。最近のわたしはジューショーだ。でもこれぞ読書の深まりという気もする。

森見氏が読書会の最後でもらしていたように、「いろんな人が出てくるけど、小説『熱帯』の主人公は『熱帯』」なのである。

平成最後の奇書、『熱帯』。おススメです。
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
【プロフィール】
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)などがある。
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