【第23回】間室道子の本棚 『ブリット=マリーはここにいた』フレドリック・バックマン/早川書房

~代官山 蔦屋書店文学コンシェルジュが、とっておきの一冊をご紹介します~


「元祖カリスマ書店員」として知られ、雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする、代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ・間室道子。
本連載では、当店きっての人気コンシェルジュである彼女の、頭の中にある"本棚"を覗きます。
本人のコメントと共にお楽しみください。
 
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『ブリット=マリーはここにいた』
フレドリック・バックマン/早川書房
 
 
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ブリット=マリーはスウェーデンの専業主婦。63歳にして夫に正式に裏切られ(うすうすは気づいていたのよ…)、都会の家を出て、ド田舎(終わらない経済危機のため、いろんなものが閉鎖につぐ閉鎖。ピザ屋と郵便局と医療センターと食料雑貨店が1軒でまかなわれている)にある青少年のためのセンターで働くことになる(ここも3週間後に閉鎖??)。

彼女はなんというか、すごく変わっている。掃除が精神的支えになっており(つらい過去があるのよ…)、フォーク、ナイフ、スプーンをしまう順番や洗剤のメーカーを変えることができない。

さらに職業安定所の若い女性をほめようとして「おでこが広いのに髪の毛をそこまで短くするなんて、すごく思い切りがいいわ」と言う。このような悪気のないとんちんかんと相手を困らせている自覚のない押しの強さが彼女の身上である。

いや~な女!自分の近くにいたらまっぴらごめん、と思うでしょう。でもだんだん彼女を好きにならずにいられないのが読みどころ。

ブリット=マリーにやって来られた村の人たちがとてもユニーク。皆、何にでも「クソ」をつけ(クソガキ、町でクソ最速、クソなんでも逆転、クソ残念、クソ書類、クソ練習etc)、大人は職がないので朝から酒かコーヒーを飲んだくれており、子供たちの胸にあるのは怒りか不安だ。そんな村人一同の生きがいは、サッカー!!!

シティ派浮気夫と前妻のあいだにできた子供たちは幼い頃世話になっていながらブリット=マリーに「受動攻撃的」と陰口を叩き、夫自身は彼女を「社会不適応者」と言い、都会時代のアパートの隣人たちは「口うるさいババア」と呼んだ。でも変人だけど人の痛みがわかる村人たちは、彼女をじわじわと受け入れる。

恋の話もあり、日本だと「60過ぎたら終活」という文化になりつつあるけど、ブリット=マリーの人生はこれからだ。なにせ、始まってもいなかったんだから。

彼女をめぐる二人の男の戦い。それは新旧の戦いであり、ド田舎と都会の、純情派とオラオラ系の、竹の日除けと紫色のチューリップの戦いでもある。ブリット=マリーはどちらを選ぶのか、読者ははらはらするだろう。ページの先には「そう来たか!」と言いたくなる展開が待ち構えており、最後はもう「行け!ブリット=マリー、行け!」と誰もがサッカー並みの応援をするにちがいない。

作者は映画化され大ヒットし、アカデミー賞2部門ノミネートの『幸せなひとりぼっち』のフレドリック・バックマン。人をじんわりあたたかく見る目が本作でもいきている。ブリット=マリーはたしかに存在する。私たちの心の中に、いつまでも。
 
 
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代官山 蔦屋書店 文学担当コンシェルジュ
間 室  道 子
 
雑誌やTVなどさまざまなメディアで本をおススメする「元祖カリスマ書店員」。雑誌『婦人画報』、『Precious』、朝日新聞デジタル「ほんやのほん」などに連載を持つ。書評家としても活動中で、文庫解説に『タイニーストーリーズ』(山田詠美/文春文庫)、『母性』(湊かなえ/新潮文庫)、『蛇行する月』(桜木紫乃/双葉文庫)、『スタフ staph』(道尾秀介/文春文庫)などがある。

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